鬱蒼と木々が生い茂る蒼枯の森に彼等はいた。旅の途中に立ち寄ったコリアンドル村で、村人から森に住み着いた怪鳥を退治してほしいと、頼まれたのだった。
 だが今は魔物退治よりも厄介な状況になっていた。ほんの些細なことで、ファーラントとエルドが口論をはじめたのだ。
「貴様の援護が遅いから、アリーシャが怪我しただろうが!!」
「何だよ、それ!!ならお前が盾になってやればいいだろう!?」
「ああ〜もう!!喧嘩するなら鳥を退治した後でやってんか!!」
 顔を覆っていた兜を外しティリスが二人の間に割って入った。二人は彼女の肩越しに睨み合っている。
「ラッセンの豚野郎が……こんなことなら、ラッセンの人間共を皆殺しにしておけばよかったな……!」
「!!」
「ちょっと!!アンタ、何言うてるんや!?」
「ファーラント、貴様は英雄になりたくてラッセンを救ったんだろう?祭り上げられて、さぞかしいい気分だったんだろうな」
 残酷な笑みを浮かべて、吐き捨てるようにエルドが言った。ティリスの怒りは頂点に達した。エルドを殴ろうと、一歩前に踏み出す。
「違う!!!」
 森中にファーラントの声が響いた。白い手袋を嵌めた手を握り締め、必死に怒りを抑えている。
「俺は……ッ!!」
 言いかけると、ファーラントは背中を向け、早足でどこかへ歩いて行った。
「ファーラントさん!」
「ウチが行くわ。二人はここで待ってて」
 アリーシャとエルドをその場に残して、ティリスは彼の後を追いかけた。


「ファーラント!!ちょっと待ってや!!」
 ティリスの声に耳を貸さず、ファーラントは歩いている。足の長さが違うせいで、なかなか追いつけない。どれくらいの距離を歩いたかわからなくなってきた時、突然ファーラントの歩みが止まった。
「やっと追いついたわぁ〜。ほら、皆の所に戻ろうや」
 振り向いたファーラントは蒼白な顔で唇を噛み締め、今にも泣きだしそうだった。泣きそうな自分を押し込めている、ティリスにはそんな風に見えた。
「……違うんだ…俺は…!」
 ティリスの指がファーラントの唇に触れた。言葉を止め、驚いている彼をティリスは優しく見つめた。
「そんなん言わんでもウチはちゃんとわかってる。栄光や名誉の為に戦ったんとちゃう、愛する故郷を守る為に戦った。前に誇らしげな顔でウチに話してくれたやんか」
 ファーラントの萌えるような緑色の眼に、涙が滲んだ。
「…そう思っているのは…俺だけかもしれない…俺が死んだ後、俺を知る人がいなくなった後、ラッセンの皆はどう思っていたんだ?英雄になる為にラッセンを利用した、そう思われていたのかもしれない…」
 いつも快活で、気さくなファーラントの面影はどこにもなかった。その表情はとても痛々しく、ティリスの胸を締めつけた。
「エルドの言う通りなんだ……きっと、俺は心のどこかで英雄になることを望んでたんだよ…」
 ティリスは両手を伸ばすと、ファーラントの顔を挟みこみ、覗きこんだ。
「そんなことない!!アンタはラッセンを守りたい一心で戦った!!世界中の人間が信じなくても、ウチはファーラントを信じる!!」
 驚きに満ちていたファーラントの顔が、少しほころんだ。大きく息を吐きティリスを見る。
「ありがとう……ティリス。君は、強いんだね」
 気がつくと、ファーラントの甘く端正な顔がすぐ近くにあった。ティリスの顔が赤くなった。
「はよ皆の所に戻ろ!!きっと心配してるで!」
「そうだな。でも、エルドは心配してないよ……」
 辺りに突然響いた地響きで、ファーラントの言葉が途切れた。森の奥から木々をなぎ倒し、巨大な鳥が姿を現した。
「な…なんや?アイツ…」
「…グリフォンだ…。この森の主なんじゃないかな。どうやら、俺達を餌だと思ってるみたいだ」
「……上等やないか!」
 不敵に微笑むと、ティリスは幅の広い鉄の剣を構えた。グリフォンが雄叫びを上げ、突進してきた。


「食らえやあぁぁっ!!」
 大振りに振ったティリスの剣が、グリフォンの翼を切り裂いた。身体を傷つけられ、怒り狂い我を忘れたグリフォンがティリスに向けて、爪を振り上げた。
「ティリス、下がるんだ!」
 ティリスは頷き、素早く後ろに跳んだ。呪文が完成し、ファーラントの足下に複雑なスペルが刻まれた青緑の魔方陣が展開した。
『煌めけ、蒼き雷よ!彼の者の耳に天罰という音を響かせよ!!』
 轟音が響き、雷がグリフォンの身体を貫いた。痙攣しながら、グリフォンの巨体が倒れ、辺りに焼け焦げた臭いが漂う。
 ティリスはファーラントに駆け寄った。ファーラントは軽く肩で息を整えている。
「流石やな!格好よすぎてウチまで痺れたわぁ!」
 その時、倒したはずのグリフォンが起き上がった。咆哮し、両翼を広げる。
「嘘ぉ!?何で生きてんの!?」
「何て奴だ!!」
 ファーラントが躍り出た。ティリスを庇うように、前に立つ。
 ひゅんと風を切り、飛んできた矢がグリフォンの眉間に突き刺さった。グリフォンは再び倒れ、動かなくなった。茂みをかきわけ、アリーシャとエルドが駆け寄って来た。
「大丈夫ですか!?お怪我は?」
「援護が遅いんとちゃう?エルド」
 意地悪く笑い、ティリスがエルドに言った。バツが悪そうな顔をして、エルドは無言で立っている。エルドは大股でファーラントに近づくと、人差し指を突きつけた。
「いいか!?これ以降オレはもう謝らないからな!!……さっきは……悪かったな」
 耳まで赤くなり、エルドが謝った。
「いいよ、気にしてないから」
「よかったよかった!これで、一件落着やな!!」
 嬉しそうに笑うと、ティリスは二人の肩を叩いた。


「ティリス」
 樹にもたれて休んでいたティリスは声をかけられ、顔を上げた。
 ファーラントが側に立ち、彼女を見下ろしている。
「何?どうしたん?」
「さっきはありがとう。おかげで元気になったよ」
「ええよ、別に!エルドの顔、おもろかったなぁ。あの後、アリーシャにこっぴどく怒られたんやて!」
「今度、デートしようか」
「へ?今何て……」
 突然の誘いにティリスの目が丸くなった。
「俺からのお礼。村に戻ったらデートしよう。考えておいてくれないか?」
 そう言うと、ファーラントは歩いて行った。彼の姿が見えなくなった後、ティリスは自分の頬を思い切りつねった。力を入れすぎて、つねった所が赤くなった。
「夢やないよな……。英雄様とデート、か……やったぁ!」
 ファーラントとの距離が少し近くなったような気がした。