港町ゾルデは今日も晴天だった。
 日差しが照りつける屋外は暑いが、冷たく涼しい風が吹き渡り、木陰に入れば気温はぐっと下がり、丁度良く感じる。ゾルデの港は釣りを楽しむ男達で賑わっていた。イージスもその一人だ。今晩のおかずにする魚を釣りに、朝早くからここにいる。
「よっと…釣れた釣れた」
 大きくしなった竿を勢いよく引き上げると、釣り針の先に見事な大きさの魚が引っ掛かっていた。太陽の光に照らされ、鱗がきらきらと光っている。針から魚を外し、脇に置いてある革袋の中に無造作に放り込む。座りっぱなしで硬くなった身体を解きほぐそうと伸びをすると、路地の向こうから歩いて来る女性が目に入った。肩を落とし、落ち込んでいる様子だ。
「はぁ……」
 イージスの側に座るなり、女性が大きく溜息をついた。
「よう。どうしたんだ?嬢ちゃん」
「イージスのおっちゃん……ウチな、フラれてしもてん」
 聞いた者の気分まで暗くなるような声だった。独特な喋り方をするティリスは、いつも五月蠅いほどよく喋るのだが、その面影はどこにもなかった。
「フラれたって…誰に?」
「誰って…ファーラントに決まってるやんか!」
「ファーラント…?ああ、あの爽やかなイケメン兄ちゃんか。解放されてからしばらく会ってないが…ファーラントは確かまだエインフェリアのままだったな」
「そうそう!爽やかでカッコ良くて、背が高くて優しくて……おっちゃんとは月とスッポンやで」
 うっとりとした表情でティリスはぼんやりと息を吐いた。大方ファーラントの姿でも想像しているのだろう。軽く笑うと、イージスは竿に神経を集中した。
「まあ、確かにあの兄ちゃんは男女問わず人気があるわな。この前もカノンの旦那が言ってたぜ。無理矢理ベッドに押し倒したいって」
「なっ…何やてえぇぇっ!?あのエロオヤジ、今度会ったらウィーリングリッパーの刑や!!」
 ティリスが握り拳を作り、勢いよく立ち上がった。顔が興奮で紅潮している。どうやら、元気が出たらしい。その時、イージスが握っている竿が再び大きくしなった。
「おおおお!!来た来た――!こりゃかなりの大物だぞ!嬢ちゃん、手伝ってくれ!!」
「よっしゃ!任せとき!!」
 ティリスはイージスの後ろに回り込み、彼の腰に手を回した。イージスの動きに合わせて強く引っ張る。だがもう少しという所で突然糸が切れ、そのまま二人は海にダイブした。


「ぷはあっ!嬢ちゃん、大丈夫か!?」
「げほげほっ…な…何とか…」
 ふるふるとティリスは頭を振った。癖のある金色の髪から水が滴る。イージスが先に上がり、彼女に手を貸し引き上げる。頭上を照らす太陽の光が、濡れた二人には暖かく感じた。
「ビチョビチョやわぁ…はよ着替えんと風邪ひいてまうで」
 ふとティリスは、イージスが自分をじっと見つめているのに気がついた。
「何なん?どうしたん?」
「ん?いや、その…童話に出てくる人魚姫みたいだなって思って」
 みるみるティリスの顔が赤く染まった。真っ赤に染まった顔を隠す為、慌てて顔をそらす。
「なぁ、おっちゃん。釣った魚、一人分にしては多いんとちゃう?」
「おお、言い忘れてたけどな。今日、王女達が遊びに来るんだよ。これは彼女達の分。ほら、来たみたいだぜ」
 ティリスは立ち上がり、イージスが指差した方向を見た。そこには二人に向かって手を振る懐かしい姿があった。
 戦乙女の魂を宿した少女。いつも不機嫌で無愛想な暗殺者。生真面目な金髪の騎士団長。変人の天才魔術師。そして、ラッセンを救った英雄の青年。
「嘘ぉ!!おっちゃんのアホ!!こんな姿で会える訳ないやんか!!」
 海に落ちたティリスの服はまだ完全に乾いていなかった。慌てて家まで着替えに走る。脱兎のごとく駆けていく彼女の後ろ姿を、イージスはあっけにとられながら眺めていた。日に焼けた顔に闊達な笑みを浮かべると、イージスは客人を迎えに行った。


(イージスのおっちゃんの手って…大きかったんやな…)
 家に帰る道すがら、ティリスはそんな事を考えていた。