青々とした草が広がる草原。辺りには魔物の死体が転がっている。
「少し、休憩しましょう」
 絹の様に細い金色の髪をした少女、アリーシャが言った。
「ああ〜もうアカン!!疲れたわぁ!!」
 軽鎧を着た女性が倒れるように座りこんだ。兜を脱ぎ、地面に投げ捨てる。癖のある金色の髪が風に揺れた。
「もう〜何でこんなに魔物がおるんや?嫌になるわ…」
 独特すぎる言葉使いでティリスはぶつぶつと愚痴った。他の仲間は思い思いに休んでいる。ティリスは周りを見て、休める所を探した。
 少し離れた所に、大きな樹がある。腰を上げると、ティリスは樹の側に歩いて行った。だが残念なことに、そこには先客がいた。
「ちょっと、アンタ!そこはウチが先に見つけた場所やで!?どこかに行ってんか!!」
 疲労と暑さで苛々しながらティリスが言った。先客が彼女に気づき、顔を上げた。その顔を見た途端、ティリスの苛々は吹き飛んだ。
「ごめん、全然気づかなかったよ」
 温かく、深みのある声だった。触れると柔らかそうな茶色の髪。春に芽吹く若葉を思わせる緑色の瞳に、甘く整った端正な顔立ち。ティリスはその青年に見覚えがあった。読んでいた魔術書を置き、青年が立ち上がった。
「俺は違う場所に行くよ。君はここで休んでくれ」
「あ……ちょっと待って!!」
 立ち去ろうとする青年に、ティリスは慌てて声をかけた。足を止め、青年が振り向いた。
「何?」
「アンタ…もしかして、白の英雄ファーラント!?」
「え?い…一応…そうだけど…」
「ほんまに!?ウチ、あ、いや、私、貴方のファンなんです!!リゲル著の白の英雄、読みました!!もぅーめっちゃ泣きましたよ!後、民衆を導く白の英雄の絵も見ました!うわぁ〜絵で見るよりめっちゃイケメンやん」
「は…はは…どうもありがとう…」
 次々と繰り出されるティリスの言葉にファーラントはたじろいているようで、引き攣った笑みを浮かべている。
「あの…ごめん、君は?」
「あ!ごめんなさい!ウチ、ティリスっていいます、ラッセンの商家の娘です!」
「とりあえず、座ろうか」


 二人は草の上に、腰を下ろした。ファーラントは穏やかな笑みを浮かべると、ティリスを見つめた。彼に見つめられティリスの心臓は激しく高鳴った。
「ラッセンか……懐かしいな。君が生きていた頃はどんな風だった?」
「えっと…そうですねぇ…活気で溢れてて…多分貴方が生きていた頃とそんなに変わってないですよ?」
「そうかな?俺が生きていた頃は、君のような喋り方の人はいなかったよ」
「あぁ〜ウチ、地方出身なんですよ。憧れてた英雄さんと話ができるなんて嬉しいわぁ」
 ファーラントの表情が、少し沈んだ。悲しげに眼が曇る。
「英雄、か…俺は愛する故郷を守りたかった、ただそれだけなのに…。名誉も栄光もいらないんだ。俺が欲しいのは平和で、皆が笑って暮らせる…そんな世界だよ。はは…綺麗事すぎるかな…」
 突然、ティリスがファーラントの手を握り締めた。興奮と感動で、目が輝いている。
「そんなことないです!!素晴らしいやないですか!」
「…領主だった父がよく口にしていた言葉だよ」
 ティリスは握り締めた手に気づき、顔を赤くして離した。
「ところで…ファーラントさんは好きな人っているんですか?」
「えええ!?」
 突然の話題変更に戸惑ったのか、ファーラントの目が丸くなった。
「どうなんです?」
「う……いるには…いるけど……」
 その言葉を聞き、ティリスは落胆した。気を取り直し、再び質問する。
「誰です?クレセント?セレス?」
「ちょっと待ってよ!セレス様は俺の義理の母なんだよ!?」
「じゃあ誰なんですか?…もしかして……アリーシャ王女?」
 ファーラントの身体が硬直した。図星のようだ。
「うぁ……いや…その…」
「アリーシャかぁ…ええやないですか!可愛いし、何か、こう、守ってあげたくなるってなりますし」
「だから……」
「おい、そこの二匹の猿共」
 ティリスがもっとファーラントをからかおうとしたその時、低い声が聞こえた。不機嫌そうな顔をした青年が立っていた。
 血管が透けて見えそうなほどの白い肌に、華奢で小柄な身体。ブロンドに近い茶色の長い前髪の隙間から、星のない夜空のように深く、濃い紫色の瞳が二人を睨んでいる。
「何か用?エルド」
 話の腰を折られ、ティリスはジロリとエルドを睨んだ。挑むように、エルドも彼女を睨み返す。
「アリーシャが呼んでるぞ、さっさと来い」
 そう言うと、エルドは踵を返し、歩いて行った。ティリスはエルドの背中に向かって、舌を突き出した。
「何やアイツ!ちっこいくせに偉そうにして!ラッセンを乗っ取った悪人が!!」
「王女は…エルドのことが好きなんだよ」
 ファーラントが短く言った。
「え?ほんまですか?」
「さあ、じゃあ俺は先に行ってるよ」
 服についた草を払うと、ファーラントは立ち上がり歩いて行った。
 ティリスはしばらく座っていた。さわさわと、草が風に揺れる音だけが聞こえてくる。
「う〜ん…なんて複雑な三角関係や…でも、何か悔しいわぁ、ウチ、ファーラントのこと狙ってたのに…」
 独り言のように呟くと、ティリスは仲間の所に走って行った。
 青と水色のグラデーションに染まった空が、地平線まで広がっていた。