「皆!あと少しで、同盟軍の援軍が到着する!それまで持ちこたえてくれ!」
 剣と剣がぶつかる音や魔法が発動する音に混じり、アルトリア街道にファーラントの声が響いた。僅か二十名の解放軍は、ロゼッタ王朝の騎士団と、突如現れた不死者の群れ相手に互角の戦いを繰り広げていた。
(誰も死なせるものか!あと少しで…フィレス王女が援軍を率いて来るんだ…!)


 始まりは二週間程前のことだった。ラッセン解放軍を結成して数か月。ファーラント達はラッセンを取り戻そうと、 何度か街を占拠しているナイトオブサンの青光軍に奇襲攻撃を仕掛けていた。
 圧倒的に数で負けるが、解放軍は地の利を生かしたり、ゲリラ的な戦法をとることによって青光軍を撹乱した。だが、致命的なダメージを与えることはできずラッセンは占拠されたままだった。
 ある日転機は突然訪れた。解放軍の作戦本部でファーラントは地図に目を通し、作戦を練っていた。そこにドアを開け、リゲルが興奮した様子で入って来た。
「ファーラント!朗報だ!フィレス王女から手紙がきてるぞ。あと、お前の親父さんからも」
「本当か!?」
 リゲルは頷くと二通の手紙を手渡した。封を切り中身を取り出すと、ファーラントは真剣な表情で読み始めた。ファーラントは手紙を読み終えると、大きく息を吐いた。
「おい、何て書いてあったんだ?」
「四国の同盟締結に成功したって書いてある。王女もディパンとパルティアの軍を率いてここに向かっているらしい」
「やったな!これでラッセンを取り戻せるぞ!で、親父さんからは?」
「うん。他の街で無事に過ごしているって…。頃合いを見てラッセンの近くまで来るって書いてある…無事でよかったよ…」
 ファーラントの顔色は優れなかった。心配したリゲルが声をかける。
「どうしたんだ?」
「一つ問題があるんだ。フィレス王女の援軍が到着するまであと一日はかかると書いてある。それまで、俺達は青光軍を抑え、なおかつ援軍のことを奴等に気づかれないようにしないといけない」
「マジかよ…!きついな…」
 ドアがノックされ、青年が慌てて駆け込んで来た。肩で息をし、呼吸を整える。
「隊長!大変です!!青光将軍がロゼッタに援軍を要請しました!!援軍は明日にはラッセンに到着するようです…」
「事実なのか!?デマじゃないのか!?」
「…事実です…ラッセンに潜入している密偵から届いた手紙にそう書かれていました」
 ファーラントは落胆した。青光軍の所に援軍が到着したら自分達解放軍に勝ち目はない。時間稼ぎも出来なくなる。
 重苦しい沈黙が辺りを包んだ。ファーラントは難しい顔で椅子に座り、眉根を寄せ考え込んでいる。リゲルと青年は無言でファーラントを見つめている。しばらくするとファーラントは立ち上がり、二人を見た。
「敵の援軍がラッセンに到着する前に壊滅させる」
 ファーラントの言葉に二人は言葉を失くした。信じられない、という表情で立ちつくしている。
「お前正気かよ!?相手は何人いるかわからないんだぞ!?かたや俺達解放軍はたったの百人、勝てるわけないだろう!?」
「そうですよ!戦いを挑んで、返り討ちにあうのがオチです!!無謀すぎます!!」
「勝てるさ。今までも俺達は大軍相手に互角以上の戦いをしてきたじゃないか。俺達にはこの自慢の足がある、地の利がある、強い信念があるだろう?」
 ファーラントは地図を広げ、とある場所を指し示した。二人は身を乗り出し、地図を覗きこむ。
「いいか、俺の考えた作戦はこうだ。敵の援軍がラッセンに行くにはこのアルトリア街道を通るしかない。そこで俺達は待ち伏せをし、奴等を挟み打ちにする」
「だが…挟み打ちで勝てるのか?そんなことでひるむような相手じゃないぞ」
「あらかじめ罠を仕掛けておく。罠にかかり奴等が動揺したら、陽動部隊が注意を引きつけるんだ。その隙に、別の部隊が背後に回る」
「…陽動部隊は誰が指揮するんだ?そんなに陽動部隊に人数は割けないぞ?せいぜい十五人か…二十人程になるぞ」
 ファーラントの目を見たリゲルは嫌な予感が頭に広がるのを感じた。ファーラントの萌えるような緑色の瞳は強い決意の光を宿していた。
「お前…まさか……」
「俺が陽動部隊を指揮する」
 短く、静かにファーラントが答えた。リゲルが椅子をなぎ倒しファーラントに掴みかかった。
「馬鹿野郎!!お前、死ぬ気かよっ!!指揮なら俺がやる!!お前を死なせるわけには…!!」
 ファーラントを殴ろうとして振り上げられたリゲルの腕が止まった。ファーラントは静謐な微笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ…俺は死なないし、死ぬつもりもない。リゲル、お前ならわかってくれるよな?」
 リゲルはファーラントの襟元を掴んでいた手を離すと、あきらめたように息を吐いた。
「…ったく、お前は昔からそうだよ。一度決めたことはやり通す、石頭の頑固野郎だったな。…いいか?これだけは約束しろ。やられそうになったら絶対に逃げろよ」
「…うん。ごめん、リゲル…さあ、準備をしないとな!今夜は徹夜することになりそうだ」
「徹夜ぁ!?…勘弁してくれよ…」
 その夜、ファーラント達は罠を仕掛けたり、細かな作戦を練った。罠の設置には、ラッセンから逃げのびた人々も手伝ってくれた。その中にはあの幼い兄妹もいた。
 愛する故郷を取り戻したい。皆の思いが一つになった夜だった。


 翌日、ファーラントが率いる陽動部隊はアルトリア街道の茂みに身を潜めていた。しばらく待つと、馬の蹄の音や鎧が鳴る音が聞こえてきた。
 あと少しで援軍は罠にかかるだろう。
「…死ぬなよ、ファーラント」
「ああ…リゲル、お前もな」
 二人は互いの拳を突きあわせた。リゲルはその場を離れ、自分の指揮する部隊の所に戻って行った。
 軍の先頭を歩く部隊が罠が仕掛けられている地面を踏んだ。部隊の足元に、複雑なスペルが刻まれた魔方陣が輝き爆発した。次々と魔方陣が現れ、爆発していく。爆発を合図に、ファーラント達は茂みから飛び出した。
「奴等は動揺しているぞ!!行くぞ、皆!!」
 ファーラントの読み通り、突然の襲撃に軍は動揺していた。隊列が乱れ、陣形も壊れている。軍の最後尾から悲鳴が上がる。リゲル率いる部隊が挟み打ちに成功したのだ。
(よし!これなら勝てる!)
 ファーラントが勝利を確信したその時、混乱と喧騒を引き裂き凛とした声が響いた。
「冷静になれ!!敵は少人数だ!!数で勝る我等が負けるはずがない!!」
 馬に跨った男性が叫んでいた。茶色の長い髪をなびかせ、白銀の鎧を纏った男性は周りの兵士とは違う雰囲気を醸し出していた。次第に乱れていた隊列や陣形が整っていく。
「我等に勝利を!!ロゼッタに栄光を!!」
 男性の隣にいた女性が剣を掲げ、涼やかな声で叫んだ。プラチナブロンドの髪に、左肩だけを覆う肩当てのみという軽装だ。その顔にはまだ幼さが残っている。
「我が名はナイトオブサン赤光将軍、天眼のエーレン!何故このような真似をする!?」
「同じく、ナイトオブサン白光将軍クレセント!今すぐ退きなさい!!」
 エーレンとクレセントが馬から降り、ファーラントから少し離れた所に立った。
「…決まってるだろ?ラッセンを取り戻す!!ここを通すわけにはいかないんだ!!」
 その時、異様な気配を感じファーラントは辺りを見回した。不気味な唸り声が聞こえ、周りの茂みから剣を構えた人影が飛び出してきた。
「なっ…何だ!?こいつら…」
 ファーラントは息を呑んだ。人影の正体は骸骨だった。眼窩に開いた穴には見る者を凍りつかせる光が宿っている。
「何故、不死者がここに…?」
 驚いて立ちつくしているクレセントの背後から骸骨の魔物、スケルトンが襲いかかった。
「危ない!!」
「クレセント!!」
 ファーラントとエーレンが同時に叫んだ。剣が肉を切り裂く嫌な音がした。
 クレセントの目が大きく見開いた。
 

 エーレンがクレセントを庇っていた。鎧を貫き、剣が深く突き刺さっている。エーレンの口から鮮血が溢れだす。スケルトンを剣で斬ると、エーレンはその場に膝をついた。
「エ…エーレン…しっかりして…」
「逃げるんだ…クレセント…一旦本国へ…戻るんだ…」
 クレセントが強く抱き締めているエーレンの身体から力が抜けた。クレセントが何度名前を呼んでも、身体を揺さぶっても、閉じられたエーレンの目が開くことはなかった。
「や…やだ…嘘…嘘でしょ?目を開けてよ…エーレン!!!」
 クレセントの絶叫が戦場に響いた。ファーラントは何も言えず、ただ立っていることしか出来なかった。もう動くことのないエーレンを抱き締めたままクレセントは動かない。少しずつ、数匹のスケルトンが二人を取り囲むように近づいている。
「…クレセント将軍…彼はもう…死んだんだ…。ここから離れないと、俺達も…」
 銀色の光が一閃し、ファーラントの左の足首から血が噴き出した。激しい痛みが身体中を走り、左足から力が抜け、 ファーラントはその場に座り込んだ。
(くそっ…アキレス腱を切られた…これじゃ…走れない…)
 再び銀色の光が煌めいた。乾いた音を立てて、バラバラになったスケルトンの身体が地面に転がった。目の前には、ファーラントの血で赤く染まった剣を握り締めたクレセントが立っていた。死人のように蒼白な顔で、虚ろな目をしている。
「…のせいよ…」
「将軍……?」
「アンタのせいでエーレンは死んだのよっ!!!!!!!!!!」
 激しい怒りに顔を歪め、クレセントが斬りかかってきた。ファーラントは素早く立ち上がると、動かない足を引きずり攻撃をかわした。急いで彼女と間合いを取り呪文の詠唱を始める。クレセントも間合いを詰め、再び斬りかかってくる。呪文が完成し、足元に青緑に輝く魔方陣が現れた。
 あとは力ある言葉を唱えるだけ。
 だが、何故かファーラントは躊躇った。
 その一瞬の隙をつき、クレセントがファーラントの懐に飛び込んできた。
 冷たく、鋭い刀身がファーラントの身体を貫いた。腹から背中に突き抜けた剣に血が滴る。剣が抜かれ、ファーラントは地面に倒れた。呆然としたクレセントの顔が目に映る。
「どうして…呪文を…展開しなかったの…?」
「誰も…傷つけ…たくは…ないんだ…。誰かが傷ついて…泣く姿をもう…見たくないから…」
 血を吐きながら、苦しそうにファーラントが息も絶え絶えに言った。身体から流れ出る血と共に、生命力も流れ出ていく。クレセントは剣先をファーラントの心臓の真上に当てた。
「…敵を倒した証拠が必要なの…貴方の首を頂くわ…何か言い残すことはある?」
「そう…だな……ラッセンに…帰りたか…った…な…」
 二度と戻れないラッセンの街並みを思い出し、ファーラントは笑みを零した。
 クレセントの剣が振り下ろされた。


 街道の後方で戦っていたリゲルの目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
 軍の将軍らしき女性とファーラントは対峙していた。次の瞬間、ファーラントの背中から剣が飛び出していた。
 ファーラントは地面に倒れ動かない。女性がファーラントに止めを刺すために、剣を突きたてようとしていた。
 自分以外の何かが身体を支配し、リゲルは走り出していた。
 

「覚悟っ!!」
 剣を心臓に刺そうとしたその時、爆発音と共に灰色の煙が辺りを包み込んだ。
煙を吸い込み咳きこんだクレセントは後ろによろめいた。突然の事態に驚いた兵士の動揺する声が聞こえてくる。クレセントは後ろを向き大声で叫んだ。
「うろたえるな!!ただの煙幕だ!!」
 人の気配を感じ、クレセントは素早く振り返った。いつの間に来たのかファーラントの側に一人の青年がいた。アッシュブルーの目を怒りに燃やし、クレセントを睨んでいる。
「…こいつをお前には殺させはしない!総員速やかに退却!!夕刻までに例の場所に集合せよ!!」
 ファーラントを肩に担ぐと、青年は素早く煙の中に姿を消した。煙が晴れると、そこに解放軍の姿はなかった。クレセントの姿を見つけ、兵士が走って来た。
「ご無事でしたか、将軍!」
「…ええ…でも…多大な犠牲者を出してしまったわ…」
「我々に指示を。…エーレン将軍亡き今、軍の全指揮権は貴女にあります」
 エーレンの名前を聞いて、クレセントの心は痛んだ。喪失感と悲しみを隠し、クレセントは毅然とした表情で軍隊を見回した。
「我々は一度本国に帰還する!!重傷者は馬に乗せ、怪我の軽い者は衛生兵の手伝いをせよ!」
 乱れた隊列を組み、兵士達が歩き出した。クレセントは兵士達の後を追わず、その場に立ちつくしていた。
 心の中が空っぽで痛かった。
 幼い頃からエーレンとクレセントはずっと一緒にいた。継母に殺されそうになった自分をエーレンが助けてくれたのだ。
 父親のように強く、兄のように優しい存在だったエーレンはもう何処にもいない。
 彼がいない世界なんて考えられない、考えたくない。
 目的地もなく、クレセントはふらりと歩いて行った。
 そして、歴史から姿を消した。


「おい!!しっかりしろよ!!」
 リゲルは必死にファーラントに呼びかけていた。
 解放軍の全員が、人々が、祈るような眼差しでファーラントを見つめている。
 ぐったりと木にもたれていたファーラントが目を開けた。血の気を失い、白蝋のような白い顔に、無理矢理笑みを浮かべる。
「皆…無事…か?作戦は…成功したのか…?」
「ああ…大成功だよ…。だからもう…しゃべんなよ」
 心配そうに彼を見つめる人の間からファーラントのよく知る人物が出てきた。
「ファーラント…!」
「父さん…?」
 焦点の合っていないファーラントの目が驚きに満ちた。ファーラントの父は屈むと、血で赤く染まった息子の手を優しく握った。
「すまない…!お前にこんな重荷を背負わせてしまった…全て私の責任だ…!」
「謝るのは…俺の方だよ…セレス様を…ラッセンを守れなかった…」
 ファーラントが咳きこみ、血を吐いた。白い服の胸元が真っ赤に染まる。
「はは…もう駄目みたいだ…暗くて…何も見えないよ…」
「馬鹿なこと言うんじゃねえよ!!ラッセンに帰ろうぜ!!」
「…愛してるよ…皆…父さ…ん……………」
 父が握っていたファーラントの手が力を失い、垂れ下がった。
 瞼は閉じられ、もう二度と開くことはなかった。
 安らかに、眠るように、穏やかな顔をしていた。
 その場にいた全員が、ファーラントの死に涙を流した。
 ファーラントの死から数ヶ月後、ラッセンは解放された。


 ラッセンの街を見渡せる丘にファーラントと一人の女性がいた。彼女はシルメリア・ヴァルキュリア。ファーラントは神々の兵士、エインフェリアに選ばれたのだった。
「よかった。皆、元気でやってるみたいだな」
 ラッセンの街は人々の手で少しずつ確実に復興していた。その中にはリゲルやあの兄妹、ファーラントの父の姿もあった。
「貴方はラッセンを救った英雄として、後世に語り継がれるでしょうね」
 透明感のある涼やかな声でシルメリアが言った。ファーラントは両手を頭の後ろで組み、青空を見上げた。
「…俺は栄光とか個人的な名誉なんていらないよ。愛する故郷を守り抜いた、ただそれだけだ」
「私には、貴方が何かを守ることに執着しているように見えるわ」
「そうかもしれない…子供の時からそういう所があったからな。なあシルメリア、訊きたいことがあるんだけど…」
「何?」
 一呼吸おいて、ファーラントは言葉を続けた。
「青光将軍…エルドもエインフェリアに選ばれたんだよな…。エルドと話がしたいんだけど…今、会えるか?」
 シルメリアは目を閉じた。しばらくすると目を開け、静かに首を横に振った。
「今はまだ無理よ。彼の魂は酷く劣化しているわ。しばらくの間、私の中で休ませないといけないわ」
 シルメリアの言葉を聞き、ファーラントは残念そうな顔で息を吐いた。
「そうか…。ま、その内会えるからいいか」
「貴方もそろそろ私の中に戻りなさい。貴方の魂も完全な状態じゃないのよ」
「うん。わかったよ」
 ファーラントはラッセンを見つめると、差し出されたシルメリアの手をとった。青い光に包まれ、ファーラントは消えていった。
 ファーラントのいた場所に淡い緑色の丸い光が浮かんでいた。シルメリアはその光を優しく包み込むように両手で抱えた。光は彼女の胸に吸い込まれるように消えた。
 そして、シルメリアも青い空に溶けるように消えた。


「どうしたんだ?カイ。空なんか見上げて」
 足を止め、空を見上げているカイを不思議に思い、リゲルは声をかけた。
「今、ファーラントお兄ちゃんの声が聞こえたんだ…頑張れ、って言ってた」
 カイの妹ゲルダも空を見上げると、リゲルの服を引っ張った。
「あたしもきこえた!」
 二人につられリゲルも空を見上げた。澄み切った、スカイブルーの空が広がっている。
「頑張れ、か……アイツらしい言葉だな。元気にやれよ!馬鹿ファーラント!」
 三人を優しく包み込むように、風が吹いた。