The star who gathers
四方を紺碧の海に囲まれたアーモロード。風が吹く度に爽やかな潮の香りが鼻をくすぐる。大勢の人で賑わう目抜き通りを二人連れの男女が歩いていた。その二人の服装は南国のアーモロードには珍しいもので、人目を引いていた。
年齢は二十代になったばかりだろう。青年の顔にはまだ少年の面影が残っていた。色素の薄い金色の髪に、琥珀色の瞳。繊細な紋様が刻まれた胸当てと手甲を身に着け、真紅のマントを纏っている。耳を飾るラピスラズリのイヤリングが金色の髪によく映えていた。 女性は青年よりも若く、少女という呼び方が相応しいだろう。プラチナブロンドの髪は肩の上で切り揃えられ、華奢な身体を覆う鈍色の鎧が酷く不釣り合いに見えていた。夏の空のような青い瞳は真っ直ぐ前を向いている。
「世界樹に潜るには、どうしたらいいんだろうね」
青年が足を止め、振り向いた。少女は鞄から薄い冊子を取り出すと、パラパラと捲った。
「まず、ギルドという冒険者のチームに所属するか、自分でギルドを立ち上げる必要があります。そして元老院に申請し、許可を貰わなければいけないようですね」
「解った。ありがとう、アリス。まずは冒険者ギルドに行こう」
「フレン様。少しお休みになられた方がよろしいのでは?」
フレンは微笑むと、首を振った。
「気遣ってくれてありがとう。僕は大丈夫だ」
「フレン様がそう仰るなら…疲れた時は遠慮なく言って下さい。宿まで私が背負います」
「それは恥ずかしいな。只でさえ僕等は人目を引いているのに、もっと目立ってしまうよ。アリスの忠告に従って、今日はもう宿屋に行こうか」
フレンが楽しそうに言った。アリスから冊子を受け取り、地図を見ながら宿屋に向かう。曲がり角に差し掛かった時、人の悲鳴が辺りに響き渡った。急いで角を曲がると、鮮やかな赤い色が視界に飛び込んできた。
そこにいたのはオオヤマネコという樹海に生息する魔物だった。黄色の身体に、紺色の縞模様を持つ凶暴な性格をした山猫は子供程の大きさで、二本足で立つと大人ほどの背丈になる。オオヤマネコの足下に子供が倒れていた。腕を抑え、苦しそうに顔を歪めている。
「誰か…!娘を助けて下さい!!」
少女の母親が必死に助けを求めているが、人々は凍りついたようにその場を動こうとしない。遠巻きに眺めているだけだ。
「このままでは、あの子の命が危険だ」
アリスの隣に立つフレンが静かに言った。その声に決意の響きを聴き取ったアリスは頷いた。フレンは子供を助けるつもりだ。手甲に包まれた手が腰の鞘に触れる。
「…止めても無駄なようですね。私も行きます」
「ごめん」
人混みを掻き分け、一人の小柄な少年が歩み寄って来た。紫紺色の髪を束ね、中性的な顔立ちだ。二人の前まで来ると少年が遠慮がちに口を開いた。
「オレも手伝います」
「ありがとう。でも、見た所武器を持っていないようだけど…」
フレンの問いかけに答える代わりに、少年は服の袖から短剣を取り出して見せた。
「アリス、君は奴等の注意を引きつけてくれ。その隙に僕が子供を助ける。君は、彼女の援護を頼むよ」
フレンの冷静な指示に二人は頷いた。それぞれ武器を構えると、一気に飛び出した。
「さあ!かかってくるがいい!!」
奇妙なステップを踏み、アリスが叫んだ。彼女が就いている職業、ファランクスが会得する「挑発」という技で、その動きは生物の神経を昂らせ、注意を自分に引きつける。まさに守りの職業に相応しい技の一つだ。甲高い鳴き声を上げ、オオヤマネコがアリスに襲いかかった。アリスは大盾を構え、鋭い爪の一撃を防いだ。彼女が魔物を引きつけている隙にフレンは子供の側に駆け寄り、抱き起こした。
「もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」
「ママは…?ママはどこ…?」
「近くにいる。心配いらないよ」
子供は腕から大量に出血していた。このままだと命が危ない。フレンの視界の端で、赤い髪が動いた。いつの間に来たのか、フレンの隣に少女が屈んでいた。
「君は?」
「自己紹介は後!ボクに任せて!」
少女は掌を重ね合わせると目を閉じた。掌から淡い緑色の光が零れ、子供の傷口に降り注いだ。深手だった傷は綺麗に塞がり、桃色の新しい皮膚が覆っていた。
「これで大丈夫だヨ!」
「…くっ!!」
アリスの悲鳴にも似た声がフレンの耳に届いた。振り返ると、アリスが苦しそうに膝をついている。盾を構える腕から赤い血が流れていた。オオヤマネコの爪にやられたに違いない。
「アリス!」
その時、アリスの脇を少年がすり抜けた。少年の構えた短剣が一閃し、オオヤマネコの急所を貫いた。魔物は地面に倒れ、動かなくなった。少年はアリスに近付くと、懐から取り出した布で傷口を縛った。
「援護が遅れてすみませんでした。忍術を使えば、貴女を撒きこんでしまうと思って…」
「いえ、このくらいの怪我なんてすぐに治ります。貴方のお陰で助かりました」
フレンと赤い髪の少女が駆け寄って来た。少女は先程と同じように掌を合わせ、アリスの怪我を治してくれた。
「無事でよかった…君達も本当にありがとう」
フレンの感謝の言葉に、二人は照れたように頭を掻いた。フレンはオオヤマネコの死体をちらりと見ると、訝しげに眉を顰めた。
「でも、オオヤマネコは樹海を縄張りにし、そこから出る事は滅多に無い筈。何故アーモロードに現れたんだろう…」
「それは、天秤が狂い始めたからだろう」
フレンの問いに、冷たい無機質の声が答えた。彼等から少し離れた所に青年が立っていた。血の気の無い青白い顔。枯れ草色の髪が顔の左半分を覆い隠している。星を模した刺繍が刻まれた黒のロングコートにベレー帽、鋭く光る真紅の瞳がフレンをじっと見据えていた。右肩を覆う翼のような防具が酷く異質な物に見えた。
「天秤…?君は何か知っているのか?」
「…さぁ?私は何も知らないが」
素っ気なく言うと青年は踵を返し、雑踏の中に姿を消した。騒ぎが収まり、人々は平和な日常に戻っていった。礼を言う親子と別れると、フレンは少年と少女に話しかけた。
「君達にお礼をしないとね。どうだろう、僕に昼食を奢らせてくれないかな?」
「ホント!?やったぁ!ボク、お腹ペッコペコだったんだ〜」
「折角のご厚意、お言葉に甘えます」
フレンは満足そうに微笑むと、アーマンの宿のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!ようこそアーマンの宿へ!」
ドアを開けた一行を、宿屋の店員が出迎えてくれた。日焼けした肌に、笑顔が眩しい男の子だ。食堂はあるかと訊くと、店員は笑顔で案内してくれた。席に着き、ランチを注文する。氷の入った冷たい水を一気に飲み干すと、少女が口を開いた。
「そうそう!自己紹介しないとネ。ボクはスバル!見習いモンクだヨ」
「オレはアギト。太陽国シンヨウから来ました」
アギトの言葉に、納得した顔でアリスが頷いた。
「シンヨウですか…成程、あの素早い動きと身のこなし。アギト殿はもしかしてシノビでは?」
「はい、その通りです。幼い頃から修業を積んでまいりました」
「フレンだっけ?君達はなんでアーモロードに来たの?」
スバルが首を傾げ、フレンを見つめた。大きな青い瞳が好奇心に満ちた輝きを帯びる。
「スバル殿!フレン様は一国の王子なのですぞ?言葉使いを慎んでもらいたい!」
「構わないよ、アリス。僕達は世界樹の迷宮に挑む為に、アーモロードに来たんだ」
「偶然だね!ボクもそうなんだ。とすると…小っちゃい君も?」
「…小さいは余計です。スバル殿の言うとおり、オレもそうです。しかし、ギルドに所属するか立ち上げないと許可を貰えないと言われて、途方に暮れていた所です」
フレンは顎に手をやると、考え込んだ。脳裏に一つの考えが閃き、フレンは顔を上げた。
「…僕達でギルドを作らないか?さっきの戦闘で二人の能力の高さは解ったし、バランスもとれている。勿論、三人が良ければだけど…」
「私はフレン様に従います」
運ばれてきた紅茶を一口飲み、アリスが短く言った。魚介類がたっぷり入ったパエリアを口一杯に含んだスバルの顔が輝いた。慌てて口の中のご飯を飲み込む。
「大賛成だヨ!ボク達なら、世界樹の最深部まで行けるヨ!」
「オレも構いません」
「皆さん、もしかしてギルドを立ち上げるんですか?」
料理を運んで来た宿屋の少年が話しかけてきた。料理をテーブルに置き、頭を下げる。
「ごめんなさい!たまたま皆さんのお話が聞こえてきて…。それなら冒険者ギルドっていう施設に行った方がいいですよ。そこで色々手続きをするんです」
「場所は解るかな」
「はい!目抜き通りを抜けた先にある広場を右に進んで行けば、すぐに着きますよ」
少年に礼を言うと、代金を払いフレン達は冒険者ギルドに向かった。少年の言うとおりに歩いて行くと、冒険者ギルドと書かれた看板が見えてきた。扉を開け中に入ると、中には数人の冒険者らしき人達がいた。彼等はフレン達を白い目で一瞥すると、視線を逸らした。
「冒険者ギルドにようこそ。今日は何の用だ?」
奥にいた中年の男性が歩み寄って来た。日焼けした逞しい身体に、傷が浮かぶ精悍な顔つき。いかにも歴戦の冒険者といった雰囲気を醸し出している。恐らく彼が、ここの支配者だろう。
「新しくギルドを立ち上げたいんです。許可をお願いします」
「…随分とまた、線の細い兄ちゃんだな。止めておけ。戻れなくなるぞ」
男の無礼な態度にアリスが身構えた。アギトが彼女の腕を掴み、引き止める。
「それでも構いません。僕は、もう戻れないんだ」
ギルド長はしばらくフレンを見つめていた。やれやれと肩をすくめると、数枚の羊皮紙をフレンに手渡した。
「…この紙にメンバーの名前と職業、ギルド名を書け」
全員の名前とギルド名を書き、フレンはギルド長に渡した。隅々まで何度も読み返すと、珍しそうな顔でギルド長がフレンを見た。
「ギルド名…アルデバラン、か。聞いた事の無い名前だな」
「僕の国では星を信仰の対象としています。アルデバランは冬に輝く、美しい星です」
「樹海で輝く星って訳か。ホラよこの紙を元老院の婆さんに見せろ」
「ありがとう」
羊皮紙を受け取るとフレンは微笑んで礼を言った。屈託のないその笑顔に、ギルド長は呆れたように溜息をついた。
「…まだ若いんだからな。命は大事にしろよ」
「忠告ありがとう。でも、僕達は簡単に死にはしません」
フレン達が立ち去った後、彼等のやりとりを聞いていた冒険者が口を開いた。
「何か生意気な奴だったな。ガキばっかりだしよ」
ギルド長の鋭い眼光が冒険者を貫いた。慌てて男は口を閉じると、飲みかけていた酒を口にした。
「アルデバラン、か…」
ぼそっと呟くと、ギルド長はフレン達が出て行った扉をしばらくの間見つめていた。
「…許可は出来ないよ」
元老院の老女、フローディアは羊皮紙を読み終えると顰め面でそう言ってきた。許可をもらえると思っていたフレン達の顔に失望の色が浮かんだ。
「納得できません。理由を教えてくれませんか?」
フレンの問いかけにフローディアは顔を上げ、苦笑した。
「おや。ギルド長が言ってなかったのかい?ギルドを立ち上げるには、最低五人は必要だって事をさ」
「五人!?そんなの聞いてないヨ!」
「あの男…言うのを忘れていたようですね」
スバルが握り拳を作り憤慨した。その横でアギトも呆れた顔で溜息をつく。
「お願いします。何とか樹海に潜る許可を…」
必死で食い下がるアリスをフレンが止めた。見上げたフレンの表情は冷静だった。澄んだ琥珀色の双眸が、フローディアを見つめている。
「五人集めればいいんですね?解りました、行こう皆」
短く言うと、フレンは踵を返し出て行った。彼の後を追い、アリス達も慌てて後を追って行った。彼等が出て行くと、フローディアは何かを思い出したように羊皮紙に目を落とした。
「…あの坊やの顔…どこかで見たねぇ…」
「フレン様!どういうおつもりですか?」
早足で歩くフレンの背中にアリスが声をかけた。足を止め、フレンが振り向いた。
「あと一人捜すんだ」
「しかし…」
「大丈夫だ」
「そうだヨ!一人ぐらいなんとかなるヨ!」
スバルの言うとおり一人ぐらい簡単に見つかると思っていたが、実際そう簡単にはいかなかった。無名といっていい彼等のギルドに興味を示す者はなく、時間だけが空しく過ぎていった。日も暮れ、重い足取りでフレン達はアーマンの宿に戻った。ドアを開け中に入ると、宿の中は慌ただしかった。
「あ!皆さんお帰りなさい!」
忙しそうに走り回っている少年がフレン達に気付き、立ち止まった。両腕に溢れそうなほど薬の瓶を抱えている。
「何かあったのかい?」
「はい…。実は、お泊りになっているお婆さんが発作を起こして倒れたんです。施療院の方に来てもらってるんですけど、薬が切れていて…材料が足りないんです」
「材料を集める事は出来ないのですか?」
アギトの言葉に少年は半ば諦めた表情で首を振った。
「…材料は樹海に生息している植物なんです。さっき冒険者ギルドに行ってみたんですけど、冒険者の皆さんは出払っていて…」
「僕達が行く」
全員が一斉にフレンを見た。フレンは彼等の視線を受け止めると微笑んだ。明らかに狼狽した様子でアリスが口を開いた。
「フレン様!私達は樹海に潜る許可をもらっていません!勝手な真似をしでかしたら、アーモロードを追放されるのかもしれないんですよ!?」
「人一人を見殺しにするよりかはマシだよ。救える命が目の前にあるんだ。僕は樹海に行く」
「ボクも行くヨ!フレン一人だけじゃ、危ないモン」
「オレも行きます。アリス殿は?」
アリスは眉根を寄せ、硬い表情で沈黙していた。
「…私もお供します。フレン様を守るのが我が使命ですから」
「ありがとうございます!あの、コレ持っていって下さい!」
少年が腕に抱えていた薬をフレンに手渡した。それを受け取り、笑顔で礼を言うとフレン達は宿屋を後にし、樹海の入り口に向かった。樹海の入り口に着いた頃には夜も更け、辺りは耳が痛くなるほど静かだった。幸い見張りの兵士の姿はなく、フレン達は簡単に樹海に入る事が出来た。
樹海は静寂に包まれ、辺りを飛び交う虫が放つ燐光で幻想的な雰囲気に包まれていた。見た事もない植物が生い茂り、探究心をくすぐる。夜の樹海は魔物の活動が活発化すると聞いていた彼等は慎重に進んで行った。
「確か…やわらかい樹脂でしたよね。もう少し進んだ所にあるみたいです」
少年から受け取った地図を見ながらアギトが言った。目的地まであと少しという時、音を立て、前方の草むらから巨大なムカデが躍り出た。それぞれ武器を構え、フレン達は身構えた。
「僕とアリスが行く!二人は援護を頼むよ!」
鞘から剣を抜き、フレンが叫んだ。アリスと同時に飛び出し、ムカデに斬りかかった。アリスの繰り出した槍の切っ先はムカデの硬い皮膚に弾かれてしまった。フレンも同様で、鋼のような皮膚を貫く事が出来ず、空しい音を立てて弾かれた。ムカデが突進し、フレンとアリスを突き飛ばした。虫とは思えない力で、二人は跳ね飛ばされた。身体を打ちつけ、地面に倒れこむ。
「フレン!アリス!」
次の獲物として決めたのか、ムカデがスバルの方を向いた。ギチギチと不気味な鳴き声を上げ、少しずつ距離を詰めてくる。スバルを庇うようにアギトが前に出た。短剣を構えるが、魔物の硬い皮膚の前では何の意味も持たないだろう。
「オレが囮になります。スバル殿は二人を連れて逃げて下さい」
「でもっ……!」
「貴様、奴を足止めできるか?」
突然聞き慣れない声が背後から聞こえた。驚いた二人が振り向くと、あの時通りで出会った青年が立っていた。真紅の目は二人を通り越して、魔物を見ている。
「…数分が限界ですが」
「構わん。私が奴を殺す」
アギトは頷くと、飛び出した。懐から取り出した小さな数本の針を口に含み、ムカデに向けて飛ばした。何本かは弾かれたが、その内の数本がムカデに刺さった。ムカデの動きが目に見えて鈍くなった。その様子を見ると青年は目を閉じ、空に向けて両手を高く掲げた。
「な…何やってるの?」
「黙れ。集中できん」
何かを探るように青年は身体の向きを変えながら、両手を動かしていた。探していた物を見つけたのか、青年の動きが止まった。開いた口から呪文のような言葉が漏れていく。
『蒼穹の煌めきを宿す海の星よ。永遠の氷結をその名の下に与えん!』
青年の右手が輝き、青白い光を放った。光は氷となり、ムカデを一気に包み込んだ。絶対零度の氷に包まれたムカデはそのまま息絶えた。魔物が動かなくなったのを確認すると、スバルがフレンとアリスの側に駆け寄り、傷を癒す。身体を起こしたフレンが青年に気付き、笑いかけた。
「君はあの時の……助けてくれてありがとう」
「礼などいらん」
笑みを返す事もなく、青年は冷徹に言った。立ち上がるとフレンは青年に近付いた。
「何故ここに?」
「……宿で休もうと行ったら、彼等だけじゃ危ないからとそこの子供に泣きつかれたのだ。それだけだ」
面倒な事に巻き込まれたと補足すると、青年はフレンに背を向けた。そしてそのまま歩き出す。
「僕達のギルドに入ってくれないか?」
唐突にフレンが言った。青年は足を止めると、ゆっくりと振り向いた。
「…私が?貴様等のような寄せ集めのギルドにか?ふざけるな」
「何ヨ!感じ悪〜い!」
フレンは諦める事なく、青年から目を離さなかった。ゆっくりと静かに言葉を続ける。
「お願いだ。僕達は…僕は樹海に行かなくちゃいけないんだ」
青年はしばらく考え込むように黙っていた。その間もフレンはじっと彼を見つめていた。
「…フン。いいだろう、貴様等のギルドとやらに入ってやる」
「ありがとう。僕はフレンだ、君は?」
「……私は……シリウス…」
「アリス、アギト、スバルだ。僕の大切な友人で、仲間だよ」
アリスとアギトは軽く会釈したが、スバルはシリウスが気に入らないのか、そっぽを向いてしまった。
「…仲間……下らん」
その時、入口の方から複数の足音がこちらに向かってきた。オレンジ色の明かりが次第に大きくなり、近づいて来る。松明を手にした数人の兵士達が姿を見せた。
「お前達何をしている!?樹海に入るには元老院の許可が必要だという事は知っているのか?許可証を見せるんだ」
「許可はもらっていません」
「なっ…!何て奴等だ!元老院に連行する!」
「その前に、これをアーマンの宿に届けてもらえませんか?病気で苦しんでいる女性がいるんです。お願いします」
フレンから袋を受け取ると、隊長らしき男性が部下の一人に渡した。受け取った兵士は駆け足で樹海の入り口に走って行った。
「さあ、大人しく来るんだ」
「…ボク達どうなっちゃうの?」
スバルの問いに誰も答える事は出来なかった。答える代わりに、フレンは優しくスバルの肩を叩いた。彼等は大人しく元老院に連行されていった。
「何だい?こんな夜中に…」
「申し訳ありません。許可なく樹海を散策していた者たちを見つけましたので連行して来ました」
フレン達に目をやったフローディアの表情が僅かに変わった。寝ていた所を起こされた不機嫌な表情は消え、昼間に見た厳格な顔に戻る。
「御苦労さん。後はアタシがやるから、アンタ達は樹海の見張りに戻っとくれ」
敬礼すると兵士達は出て行った。ふぅと溜息をつくと、彼女は豪華なソファーに座った。
「やれやれ…またアンタ達かい。今度は何をしでかしたんだい?」
フレン達を順に見ていたフローディアの視線がシリウスで止まった。
「見慣れない兄さんがいるね。知り合いかい」
「彼はシリウスです。僕達の新しいメンバーです」
フローディアは手を伸ばして引き出しの中を漁り、あの羊皮紙を取り出した。羽ペンでサインを書くと、フレンに渡した。
「あの…これは?」
「五人集めたんだ。ギルドアルデバランを冒険者として認め、樹海に潜ることを許可するよ。ただし、まだ一人前の冒険者としては認める事は出来ないね。元老院からのミッションを受理し、完了しな。明日また此処に来ておくれ。詳しい内容を話すとしよう」
追い出されるようにフレン達は元老院を後にした。真夜中の街は静かで、人々の姿はほとんどなかった。静まりかえった通りを歩き、彼等はアーマンの宿のドアを開けた。
「皆さん!よかった…無事で。皆さんのおかげで、お婆さんの容体は良くなりましたよ!」
目元にうっすらと涙を滲ませながら少年が駆け寄ってきた。シリウスに気付くと、少年は嬉しそうに微笑んだ。
「シリウスさん!僕の頼みを聞いてくれて、ありがとうございます!」
「…礼などいらん。私は先に寝る」
素っ気なく言うと、シリウスは階段を上がって行った。思えば今日は色々な事がありすぎて、身体も心も疲れ果てたようだ。遅めの夕食を終え、部屋に行くと疲労と眠気が津波のように押し寄せてきた。だがフレンは眠る事が出来なかった。同室のアギトを起こさないように静かに部屋を出ると、月明かりが差し込む廊下に佇む。
「フレン様」
廊下の反対側からアリスが歩いて来た。頑丈な鎧を脱ぎ、いつもと違う雰囲気だった。アリスはフレンの隣に立つと、彼と同じように開いた窓から見える星空を見上げた。
「眠れないのですか?」
「ああ。久し振りに、あの声が聞こえてね」
「…しばらくは聞こえないと仰っていましたが…」
アリスの表情が不安げに曇った。フレンは彼女を安心させるように、柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。それより、明日は早いんだ。寝た方がいい」
「…解りました。フレン様も早くお休みになってください」
一礼すると、アリスは部屋に戻って行った。彼女の部屋のドアが閉まる音を聞くと、フレンはポケットからロケットペンダントを取り出した。蓋を開け、中に入っている写真を見下ろす。そこには幼いフレンと、菫色の髪をした少女が笑顔で写っていた。
「……姉上…必ず、僕が助けます」
遥か遠くにいる姉に届くように祈りながら、フレンは呟いた。