Guild Sleipnir
フレンは自分の浅はかな判断を呪っていた。
ギルドアルデバランは地道に経験を積み、一階の敵を軽く撃破できるようになっていた。そこでフレンは第二階に探索の手を伸ばしてみようと提案した。シリウスを除く三人は同意したが、シリウスは最後まで首を縦に振らなかった。もう少し経験を積んだ方がいいと言う彼を何とか口説き伏せ、フレン達は二階に足を踏み入れたのだった。
そこで出会ったクジュラと名乗る青年は、FOEと呼ばれる強力な魔物に注意しろと忠告してきた。フレン達は彼の忠告に従いつつ、少しずつ地図を埋めていった。今思えば過信していたのかもしれない。いつの間にか背後に迫っていたFOEに気付かず、アルデバランは奇襲攻撃を受けていた。
「スバル!しっかりしろ!」
力を失ったスバルの身体が地面に倒れた。気功術の使い過ぎで精神力が尽きたのだろう、顔色は青白く、額に汗が浮かんでいる。無理もなかった。彼女は魔物が持つ毒に侵されたフレン達を治療し続けていたのだ。貪欲な毒蜥蜴と呼ばれる魔物は鋭い爪に強力な毒を保有していて、攻撃を受ける度に高確率でフレン達は毒に侵された。
「…役に立たん…女だ…」
シリウスの皮肉めいた口調には余裕がなかった。シリウスも占星術を連発し、激しく精神力を消耗していた。肩を上下させ、苦しそうに呼吸を繰り返している。
「フレン様…このままでは…」
「僕が奴を引きつける。皆はその隙に逃げてくれ」
「なりません!!囮なら私が…」
「こんな事態に陥ったのは僕の責任だ」
唇を噛み締め、俯いたアリスを視界の端に捉えながらフレンは剣を構え駆け出した。肩越しに振り返ると、アリスがスバルを肩に担いでいるのが見えた。振り下ろされた前足を紙一重でかわし、派手な動きをして注意を引きつける。アリスから教わった挑発の技はまだ未熟だが、効果があったようで蜥蜴はフレンに的を絞ったようだ。だが、慣れない動きと泥のぬかるみに足を取られ、フレンのバランスが崩れた。
「フレン殿!!」
アギトが走り出すが間に合わない。投げた短剣が太い脚に突き刺さるが、魔物の攻撃の手は止まらない。フレン目がけて爪が振り下ろされたその時、風を切って飛んで来た矢が蜥蜴の胴体を射抜いた。木々の上に、射手と思われる若者がいた。素早く矢を充填し、再び放つ。矢は魔物の足の健を貫いた。
「今だ!ロキ!!」
魔物を挟み込むようにして長剣を肩に担いだ青年が現れた。走り出すと高く跳躍し、手に持った剣を蜥蜴の背中に深く突き刺した。音を立て、紫色の血が大量に溢れ出す。白目を剥き、魔物は地面に横倒しになった。何度か痙攣すると動かなくなった。
「よっ。大丈夫だったか?」
血で汚れた刀身を拭きながら青年が笑いかけた。巨大な弓を担いだ若者も身軽に木の上から飛び降り、青年の隣に立った。隣に立つ青年とは違って不機嫌そうな顔をしている。
「あ…ああ。ありがとう。君達こそ大丈夫か?」
「あー平気平気。しっかしアンタ等も災難だったな。あの魔物は結構手強いんだよな。あ、俺はロキ、こっちはヒューバート。ギルドスレイプニールのメンバーさ」
快活に笑うと、ロキはヒューバートの肩を叩いた。
「で、テメェ等はどこの弱小ギルドだ?あんな雑魚にてこずっているようじゃ、三階あたりでくたばるのがオチだな」
腕組みすると、ヒューバートは意地悪げな笑みを浮かべた。フレンの隣でアギトが息を吐いた。怒りを抑えている表情になり、短剣を握り締める。
「僕達はアルデバラン。数日前にギルドを立ち上げたばかりなんだ」
「聞いた事ねぇな。邪魔だ、さっさと潰れろ」
「貴様っ!!フレン様に対する狼藉、許さんぞ!!」
「あぁ?やるのかよ!!」
アリスが槍を突きつけ、ヒューバートも弓を構える。二人の間に張り詰めた空気が流れる。やれやれと息を吐くと、慣れた様子でロキが二人の間に仲裁に入った。
「悪い悪い。コイツはいつもこんな調子なんだよ。あんまり怒ると、綺麗な顔が台無しになるぜ?」
「なっ……」
「アリス、抑えてくれ。彼等は僕達を助けてくれたんだ」
フレンには逆らえず、頬を紅潮させたまま渋々アリスは槍を下ろした。悔しそうに舌打ちすると、ヒューバートも弓を下ろす。フレン達の後ろで休んでいるスバルとシリウスに気付き、ロキは真剣な表情を浮かべた。
「あの二人、やばそうだな。この先に俺達の野営地があるんだ。案内するよ」
剣を構えたロキが先頭を歩いて行った。警戒する素振りを見せながらヒューバートも後に続く。彼は一回だけ振り返ると、一言言い放った。
「遅れんなよ」
「…言われなくとも」
アリスはぼそっと呟きスバルを背負い、アギトが彼女の槍と二人の荷物を引き受けた。フレンは座り込んでいるシリウスに近付くと、薄い肩に触れた。切れ長の赤い目が動き、フレンを捉える。
「僕が肩を貸すよ。歩けるか?」
「…気安く触るな…一人で…歩ける」
シリウスが立ち上がったががすぐによろめき、フレンに支えられる。文句を言う気力も尽き果てたらしく、シリウスは何も言わなかった。ロキとヒューバートは彼等の歩調に合わせてくれた。一つの扉の前に着くと、ロキはゆっくりと扉を開けた。
部屋の中央には小さめのテントが張ってあり、焚火を囲んで談笑していた三人の男女が彼等に気付き、駆け寄って来た。その中の一人である亜麻色の巻き毛の女性はロキとヒューバートに近付くと、いきなり二人の頭を殴った。あまりの痛さに二人が蹲った。
「〜〜ってぇなっ!!何しやがる!!この年増!!」
敵意剥き出しのヒューバートが吠えた。女性は無表情で彼の頬をつねる。相当怒っているのかもしれなかったが、怒りの感情は顔に出ていなかった。無表情なのが逆に怖い。
「ロ〜キ〜、ヒューイちゃ〜ん。武器の材料を採掘してくるって行ってから何時間経ったのかしら?私達がどれ程心配したか解ってるの!?」
「まぁまぁ、そう怒るなってルイン。皺が増えるぜ?」
「おぉ、濃すぎる化粧に亀裂が」
「黙らっしゃい!!!」
面白くも激しい三人のやりとりをフレン達はただ眺めていた。
「…あの三人は…いつもあんな風なの…」
小柄な少女が囁くような声で言った。シリウスと似たような服装で、菫色の瞳は呆れたようにロキ達を見つめている。丸眼鏡をかけた温厚そうな少年も肩をすくめる。
「ああ見えても仲がいいんですよ。僕はヒスイ、この子はアリアンロッドで彼女がルイン。見た所、皆さんは疲れ切っているようですが…よかったら僕が治癒しますよ」
「助かるよ」
ヒスイは笑顔で頷くと、フレン達に向けて両手を翳した。温かく、柔らかい緑色の光が頭上に降り注ぎ、彼等の傷と疲れを癒してくれた。ぐったりと目を閉じていたスバルが目を覚ました。
「ん…あれ…?ここはどこ?ボク達、蜥蜴と戦ってたんじゃ…」
「呑気な女だ。貴様が気絶したせいで私たちは死にかけたのだぞ?」
「なっ…何さ!好きで気絶したんじゃないヨ!!」
「シリウス殿も気絶寸前でしたよね」
アギトの余計な一言にシリウスは言葉を詰まらせた。危機を脱した二人を見て安心し、三人は笑った。
「元気になったみたいだな。ヒスイの気功にも限界があるからさ、アンタ達海都に戻って休んだ方がいいぜ」
そう言うとロキは荷物から糸玉を取り出し、フレンに投げてよこした。フレンが受け取った物はアリアドネの糸という道具で、糸をほどいた状態で投げると一瞬で街に戻れる便利なアイテムだ。
「ありがとう。君達はどうするんだ?」
「俺達はもう少し探索するつもりさ。海都で会えるといいな」
「その時は食事を御馳走するよ。僕が言うのもなんだけど、気をつけて」
「サンキュ。じゃあ、またな!」
フレンは糸をほどき、高く投げた。眩い光が視界を覆い、アルデバランは一瞬で樹海から消えた。
気がつくと彼等は樹海の入り口にいた。高かった日は沈みかけ、夕焼けの空が広がっていた。宿屋に向かう途中、フレンは立ち止まり振り向いた。同じく足を止めた仲間をじっと見つめる。
「フレン様?」
「…ごめん、皆。僕は皆を危うく死なせてしまう所だった。僕は自分が情けない、不甲斐ない。本当に…ごめん。僕は…リーダーには向いていないようだ」
ぎゅっと拳を握り締めるとフレンは俯いた。自分の軽率な判断で、大事な仲間を死なせてしまう所だった。
何度も何度も自責の念が波のように押し寄せる。己の力を過信しすぎた結果だった。
「…確かに、貴様の愚かな判断のせいで私達は危うく死ぬ所だった」
「シリウス!」
「シリウス殿!?」
非難の視線がシリウスに集中するが、気にせずにシリウスは言葉を続ける。
「だが、貴様がいなければ私達はあの魔物に殺られていただろう。その冷静な判断と的確な指示はこのギルドになくてはならないものなのだ。辞めるとは言わせんぞ」
「…でも」
「フレン様、シリウスの言うとおりです」
何か言おうとしたフレンをアリスが遮った。真っ直ぐにフレンを見つめる空色の瞳が眩しく見えた。
「貴方は人々を導く星の下に生まれた、私はそう思っております。私達を導いて下さい。我々はフレン様に付いて行きます」
「そうだヨ!フレンがいなきゃ駄目だもん!」
アギトが一歩近づき、暗く沈んだ表情のフレンを見上げた。
「フレン殿、貴方はこんなにも誰かに必要とされているんです。失敗を恐れないで下さい。傷つく度に人は強くなれるんです。オレ達は生きている、それでいいじゃないですか」
いっそ非難してくれた方がよかったのに、仲間の言葉が嬉しかった。フレンは涙を流していた。大切な人を失ってから、もう泣かないと決めたのに。泣き方を忘れてしまったと思っていたのに。ああ、僕はまだ泣けるんだ。でも、これはあの時の涙とは違うんだ。
「……ありがとう……皆……」
フレンは泣きながら微笑んでいた。