Thought not to be able to hand over
休息を終え、エルド達はユグドラシルへと向かった。神界、人間界を支えるだけあって、ユグドラシルはとても巨大な大樹だった。首が痛くなるまで見上げても、葉の部分が見えてこない。
「…行こう」
それぞれの胸に固い決意を秘め、エルド達は根元に空いた穴から内部にへと足を踏み入れた。襲い来る魔物を倒しながら一行はザイオンの待つ頂上を目指し登って行く。しばらく進んでいくと、開けた場所に辿り着いた。天井や壁は木の根で覆われている。そこに魔物の姿や気配はなく、中央に赤い髪の少女が蹲っていた。
「エウレカ!?」
ファーラントの声に反応し、エウレカが顔を上げた。彼女の顔色は真っ青で、まるで苦痛に耐えているように表情が歪んでいる。心配したファーラントが駆け寄ろうとした時、エウレカが声を張り上げた。
「だめ!!来ちゃだめ!!」
「えっ!?」
彼女が悲鳴に近い声を上げると同時に、ファーラントの足下に黒く輝く魔方陣が現れた。黒い光がファーラントを包み込み、飲み込んだ。光が消えるとファーラントの姿は何処にもなかった。
「ファーラント!?エウレカ!アイツをどこへやった!?」
「うぅ……ああああああああああぁぁっ!!!」
エルドの問いかけはエウレカの悲鳴にかき消された。エウレカの身体から黒い瘴気が噴き出し、彼女を包んでいく。
「…闇の魔力を感じる…来るぞ!」
アレンが警告し、エルド達は武器を構えた。世界樹全体を揺るがすような獣の咆哮が響き、瘴気の中から黒いドラゴンが姿を現した。エルド達を敵として認識したのか、ドラゴンが襲いかかって来た。
エルド達が動くよりも早く、ドラゴンが攻撃を仕掛けてきた。鋭い牙が並んだ口を大きく開き、灼熱の炎を吐き出した。ルルーが呪文を唱え、彼等の周りに結界を作り出す。だがドラゴンのブレスは強力で、ルルーの顔に苦悶の色が浮かびはじめる。少しずつ、結界の輝きが弱まってきた。
「うぅ…ボク一人の魔力じゃとてももたないよ…!」
「くそっ…ファーラントがいてくれたら…」
エルドはファーラントの名前を呟いていた。今になってエルドは、彼の存在の大きさに気付いていた。今までファーラントは色んな所で彼等を支え、助けくれていたのだ。類い稀なる魔術は勿論、明るく快活で気さくなその人柄に何度元気をもらったのだろう。今までそれに気付かなかった自分の愚かさに、エルドは唇を噛んだ。微かな悲鳴が聞こえ、その方向を見ると、ルルーが膝をついていた。しかし両手は高く掲げたままで、必死に結界を維持している。
「ルルー!もうやめて!!」
「だめだよっ!!ここで結界を解いたら、皆死んじゃうよっ!!」
ピシリと音がして、緑色に輝く結界に亀裂が入った。結界が砕けようとしたその時、新たな緑色の光が輝き、亀裂を修復していく。エルド達は驚き、その光景を見つめていた。
「ルルー、大丈夫だ。僕の魔力を感じて同調するんだ。君の言うとおりだ。誰も死なせはしない!」
アレンの力強い言葉がルルーを励ました。ルルーは頷き、目を閉じた。アレンの周りに渦巻く魔力を感じとり、自分の魔力と重ね合わせていく。炎に押されていた結界は輝きを強め、炎を押し返していく。危険を感じたのかドラゴンは炎を吐くのを止め、後ろに下がった。
「行くぞ!!」
エルドの号令と共に全員が駆け出した。振り下ろされた尻尾をかわし、アリスとマッキースがドラゴンの懐に飛び込む。エルドは矢筒から矢を取り出し、弓につがえた。エルドの背後で、アレンとルルーが詠唱を始める。
『消え得ぬ勇気の炎よ、彼等の心に光を!マイトレインフォース!』
『我が手に携えしは悠久の眠りを呼び覚ます天帝の大剣。古の契約に従い、我が命に答えよ!グランドトリガー!』
ドラゴンの足下に、この場全体を覆い尽くすほどの魔方陣が現れ、輝きを放った。大地が割れ、魔方陣の中心から紅蓮に輝く溶岩が噴出し、ドラゴンを焼き尽くす。直後にルルーの呪文が三人に力を与える。
「ふっ!!」
エルドの放った矢がドラゴンの左目に突き刺さった。赤い目から血を流し、ドラゴンの巨大な身体がよろめいた。
「アリス!マッキース!」
二人は頷き、アリスが駆け出した。マッキースはフェル・マノッセを身体の中から引き抜くと、それを地面に突き刺した。蒼穹の輝きが地を走り、ドラゴンを包んだ。ドラゴンの周りの気温が一気に下がり、その巨体を凍らせていく。怒りの咆哮を上げ、氷から逃れようとドラゴンはもがくが、ダイヤモンドにも匹敵する硬さを持った氷に閉じ込められ、身動きが出来ない。
「氷結は終焉!!」
「せめて刹那にて砕けよ!!」
『インブレイスエンド!!』
アリスとマッキースの連撃が、氷を砕き、ドラゴンを切り刻んてゆく。翼を切り裂き、四肢を抉り、骨を砕き、致命的なダメージを与えた。ひときわ大きな叫び声を上げ、ドラゴンが尻尾を横薙ぎに払った。尻尾を避けようとしたエルドは木の根に足を取られ、バランスを崩してしまった。
「エルド!!!」
アリスが叫んだ。エルドが尻尾の餌食になろうとしたその時、アレンが飛び出し、エルドを突き飛ばした。エルドは地面を転がり、難を逃れた。尻尾に生えている剣のように鋭く尖った鱗が、アレンの身体を切り裂いた。鮮血が吹き出し、アレンは地面に倒れた。それが最後の抵抗だったのかドラゴンの動きが止まり、再び黒い瘴気がドラゴンを包んでいく。瘴気が消えると、そこにはエウレカが倒れていた。
アレンの傷は深かった。左肩から右の脇腹にかけて、深く抉れている。不死者の再生能力も追いつかず、アレンは苦しそうに呼吸を繰り返している。
『キュアプラムス!』
アリスとルルーが呪文を唱えた。傷は塞がったが、アレンはまだ苦しそうだった。再び呪文を唱えようとした二人をアレンが制した。血の気を失った顔で首を振り、口を開く。
「…僕は大丈…夫…だ…君達は早く…ファーラントを…捜しに…行って…くれ…」
「でも…!!」
そう言ったアリスの肩に手が置かれた。振り向くと、アレンのように青白い顔をしたエウレカが立っていた。
「アレンさんは私に任せて下さい。貴方達は早く彼を…ファーラントを…。恐らく彼はザイオンの所にいます。このまま登り続けて下さい。ザイオンの所に辿り着けます」
「…君の言う事は信用出来ない」
静かにマッキースが言った。剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるように構えている。マッキースを制し、エルドが一歩エウレカに近づいた。
「信じていいのか?」
短いエルドの言葉に、エウレカはゆっくりと頷いた。エルドはじっと彼女の赤い瞳を見つめた。その瞳には、もう何の迷いもなかった。目を離すと、エルドは頷いた。
「…アレンを…頼む。死なせないでくれ」
「はい」
「…エルド…」
「……アンタにはまだ言いたい事が腐るほどあるんだ。…死ぬなよ」
「頑張るよ」
アレンをエウレカに任せ、エルド達は再び頂上を目指し、登って行った。
「…治療はしなくていい。もう僕は長くはもたないだろう」
エルド達の姿が見えなくなったのを確認してから、アレンが口を開いた。エウレカは首を振ると、呪文を唱えた。
「諦めてはいけません。治してみせます」
「君は優しいんだな」
「…私は…優しくなんかありません…誰にも必要とされていない、失敗作の神の器です」
「なら、何故君はここにいるんだ?必要とされているから、君はこの世界にいるんだ。エウレカ、エルドは君に僕を死なせないでくれと頼んだ。それは、彼が、彼等が君を必要としているからなんだよ」
「……喋らないで下さい。傷が開きます」
エウレカは顔を伏せ、呪文を唱え続けた。
涙を流しながら。
ファーラントはボロボロに朽ち果てた階段を上っていた。一歩上る度に、身体の中で軋む音が聞こえてくる。もう自分の身体は限界なのだろう。魂の契約は確実に、着実にファーラントの身体を蝕んでいる。そんな壊れかけの身体が、この先から強大な魔力を感じとっていた。
(きっと…この先にザイオンがいるんだ…)
階段を上りきると、円形状の広間に着いた。広間の奥にはまた階段があり、どこか別の場所に続いているようだ。中心に立っている少年が、ゆっくりと振り向いた。
夜の闇を写し取ったかのような黒い髪に、赤と青のオッドアイ。ファーラントに気付くと、ザイオンは冷笑を浮かべた。
「…やあ。何しに来たんだい?」
「決まってるだろ…お前を止めに来たんだよ」
ザイオンが一歩踏み出し、ファーラントに近づいた。
「ファーラント。僕と一緒に、神々を滅ぼさないか?」
「……何だって?」
「僕は神を殺し、ヒトを奴等の支配から解き放ちたいんだ。僕等の運命を歪めた神々を!!!そして、新しい神になろうよ」
ザイオンは手を差し伸べ、ファーラントを見つめた。ザイオンの両目には、狂気にも似た光が宿っていた。ファーラントは手を伸ばすと、彼の手を払いのけた。ザイオンの目がすっと細められた。
「……何のつもりだい?」
「俺は、神になる為にここまで来た訳じゃない。世界を……皆を守る為にここに来たんだ」
ザイオンの表情が一気に冷たくなった。
「こんな世界守る価値もないだろう?僕も君も、ただの器なんだぞ!?」
「俺は器なんかじゃない。自分で選んだ道だ、後悔はしていないよ」
「……ふっ…はははっ!!僕が馬鹿だったよ!!残念だな…君なら解ってくれると思ってたのに……」
ザイオンの周りで、魔力が渦巻き始めた。冷笑は消え、激しい憤りで暗くなった目がファーラントを見据えている。
「僕の邪魔をする奴は……殺してやる!!!」
「はああああぁっ!!!」
襲い来る風の刃を避け、ファーラントは身体を捻り、回し蹴りを放った。その蹴りはザイオンに届かず、ザイオンが作り出した結界に阻まれた。体勢を立て直しもう一度蹴りを放つが、やはり届かない。
「どうした?何故お得意の魔法を使わない?」
「お前を倒すのに…魔法なんかいらないさ……!」
胸を抑えながら苦しそうにファーラントは言った。何回か蹴りを繰り出しただけなのに、もう息が切れている。以前の自分なら、息切れなんかしなかっただろう。ザイオンが短く呪文を口にした。壁を覆っている木の根が蠢き、ファーラントの全身に巻きついた。
「なっ…!?」
「そんな驚く事ないよ。ちょっと、世界樹に干渉しただけさ」
口角を上げ、ザイオンが笑った。ザイオンが呪文を唱えると、まるで意思を持っているかのように、根が蠢き、ファーラントの身体を締めつける。全身の骨が悲鳴を上げているのが解る。このままでは絞め殺されてしまうだろう。
(こんな所で…死ぬわけにはいかない!!)
ファーラントは目を閉じ、意識を自分の内側に集中した。頭の片隅で眠っているドラゴンオーブに呼びかける。ドラゴンオーブが目を覚まし、その声が頭の中に響く。
(何故、我を呼び覚ました?)
(……力を貸してくれ!ザイオンを止めたいんだ!)
(契約を覚えているな?)
(解ってる!)
(ならば、思う存分に使うがいい)
ドラゴンオーブと繋がった魂の奥から、圧倒的な魔力が身体に流れ込んでくる。遥か昔に失われた古代の言語の呪文を唱え、ファーラントは魔法を発動した。彼を中心に凄まじい爆発が起こった。炎が根を舐めるように焼き尽くし、次々と灰に変えていった。
「…なんて奴だ…世界樹を破壊するなんて、神様に怒られるよ」
ザイオンが右手を掲げた。再び世界樹の根が動き、一つに集まっていく。根は鋭い槍のような形状に変化し、襲いかかってきた。矢継ぎ早に繰り出される攻撃をファーラントは疲弊しきった身体で避けているが、体力はもう限界に近づいていた。
避けきれなかった根が右肩を貫通し、肩甲骨の辺りから飛び出した。串刺し状態のまま、ファーラントは壁に押し付けられた。生温かい血が身体を伝い、白い服を真っ赤に染めていく。
「何かおかしいと思ったら…お前、ドラゴンオーブに触れたな?だから失伝魔法を使えるんだね?」
ザイオンが近づき、ファーラントの顎を掴み覗きこんだ。ファーラントの目を見つめ、解ったぞ、というような表情になる。
ファーラントの萌えるような緑色の中心に浮かぶ瞳孔の形が変わっていた。それは楕円形ではなく、爬虫類のように、縦に細長く伸びていた。
「魂の契約か…何を引き換えにしたんだい?そうだな…僕が当ててあげるよ。君のその状態からすると…「命」かな?魔法を使う度に、生命力が削られていくんだろう?」
「うるさい…!お前には関係ないだろう!?」
息をする度に激痛が走り、思うように呼吸が出来ない。視界が霞み、意識が朦朧としてきている。
「虫の息だね。可哀想に…今楽にしてあげるよ」
後ろに下がると、ザイオンは呪文を詠唱しはじめた。黒く輝く魔方陣が現れ、徐々に輝きを強めていく。
『冥府の底に燃え盛る青玉の彩光。贖罪無き罪は罰と化し、裁きの時を呼び寄せる!!』
燃え盛る黒い炎がうねりながら魔方陣から飛び出した。何本もの炎が、身動きのとれないファーラントに襲いかかってきた。肩を貫いている根を無理矢理引き抜き、ファーラントは詠唱を始めた。蛇のような形の炎が次々と飛びかかって来る。
『クールダンセル!!』
召喚した氷精が、襲いかかる炎を透明な氷の中に閉じ込め、砕いていく。ザイオンはその光景に驚く事も無く、無表情で再び炎を呼び出した。再び呼び出された炎はひときわ大きく、ファーラントの召喚した氷精をいとも簡単に消し去った。動じる事なく、ファーラントは宙に魔方陣を描きながら、複雑なスペルを唱える。
呪文が完成し、展開された魔方陣から大量の水が溢れ出た。水はファーラントをすり抜け、炎を飲み込んだ。水と炎は相殺し、水蒸気となって消えた。
「詠唱なしで呪文を唱えるなんて……しぶといな、君」
「ああ、そうさ。俺はしぶといんだ」
痙攣する足を抑え、ファーラントは微笑んだ。口から血がしたたり、もう立っているのがやっとだった。ファーラントは見るも無残な姿だった。白いローブはボロボロに裂け、根に貫かれた右肩からは夥しい量の血が流れている。
だが、ファーラントの瞳には、強い光が宿っていた。
揺らぐ事のない、強い光。
「…ザイオン、お前は逃げてるんだ」
「…何だって?」
ザイオンの眉が動いた。彼の表情が、暗く歪んでいく。
「僕が逃げてる、だって?」
「ああ。お前は逃げてるんだ。世界から、自分の運命からな」
「…黙れ」
「逃げないで立ち向かえよ!!生きているのならそうしろよ!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れえええぇっ!!!」
ザイオンが絶叫した。凄まじい魔力が彼を包み込み、波となって空気を揺るがす。ザイオンの目は理性を失い、怒り狂っていた。ファーラントは臆せずに、その視線を正面から受け止める。
「俺は逃げない!!運命に抗ってみせる!!絶対に…世界を…皆を守ってみせる!!!」
(この呪文を使ったら、確実にお前の身体は壊れるぞ?)
「それでもいい!!もう、後悔はしたくないんだ!!」
(ふふ…ヒトとは、解らない生き物だな)
増幅呪文を唱え、ほんの僅かしかない魔力を増幅させる。身体が、精神が悲鳴を上げ、今まで味わった事のない痛みが全身を駆け巡る。目を閉じ、全神経を集中して、これが最期になる呪文を紡いでいく。
脳裏に、エルド、アリス、ルルー、マッキース、アレン、エウレカ、今まで出会った人の顔が浮かび、消えていく。
最後に浮かんだソフィーは穏やかに微笑んでいた。
重ね合わせた掌から眩い閃光が放たれた。その光は螺旋となり、二人がいる空間を飲み込んだ。
身体の奥で、微かに何かが壊れたような音がした。その音はしばらくは鳴り止まず、耳の奥で残響していた。
ファーラントの意識は、深く暗い闇の底に落ちていった。