Recollection and the promise that I exchanged



 アレンをエウレカに任せ、エルド、アリス、ルルー、マッキースの四人は頂上を目指し、世界樹を登り続けてをいた。高みに近づくにつれ、襲い来る魔物の数が増えていった。それでも彼等は道を阻む魔物を倒しながら確実に進ん で行った。ルルーが小さな悲鳴を上げ足を止めた。彼女の異変に気付き、アリスが駆け寄った。両腕で身体を抱き締めながらルルーは小刻みに震えていた。
「ルルー?どうしたの?」
「……今…大きな二つの魔力がぶつかって…消えたの。ファーラントの魔力に凄い似てた…」
 ルルーの言葉にエルド達は不安を感じた。ファーラントの身に何かあったに違いない。押し寄せる不安を感じながらエルド達は彼の無事を信じ、道を切り開いて行った。そして四人は広間のような場所に着いた。目の前に広がる凄惨な光景に彼等は息を呑んだ。
「ファーラント!?」
 広間は辺り一面焼け焦げ、世界樹の根が散乱していた。ファーラントとザイオンの間で繰り広げられた死闘の跡が生々しく残っていた。その中央にファーラントが彼等に背を向け佇んでいた。半ば蹲るような彼の姿は惨かった。真っ白なローブは鮮血で染まり、あちこち裂けている。足下には血溜まりが広がっていた。
 エルドの声に反応し、ファーラントがゆっくりと顔を上げて、振り向いた。死人のような青白い顔が安堵の笑みを浮かべた。
「エル…ド…皆…元気そうだな…」
 辛そうに立ち上がるとファーラントはエルド達に近付いた。歩く度に鋭いナイフで抉られたような痛みが走るが、微笑みを絶やさないままそれを堪える。呆然としたエルドの顔が霞んでいく視界に入る。
「お前…何でそんなに…ボロボロなんだよ…」
「…全部終わったよ…さあ、帰ろうぜ…俺達の世界……ミッドガルドに……」
 エルドに触れようとした手が空を切り、力を失った。同時にファーラントの全身から血が噴き出した。そのままファーラントがエルドにもたれかかってきた。何が起こったのか解らないまま、エルドは彼の身体を受け止めた。すぐさまアリスとルルーが駆け寄り、治癒呪文を唱える。
「ファーラント!?おい!!目を開けろ!!」
 エルドの必死の呼びかけも空しく、ファーラントの青白い瞼は閉じられたままだった。アリスとルルーが必死に呪文を唱え続けているが、傷口が塞がる気配は無かった。彼の白いローブが真っ赤に染まっていく。
(傷が治るよりも早く身体の組織が崩れていく……これじゃ……ううん…諦めちゃ駄目!!)
「……皆…?何だよ…そんな顔して…」
 瞼が動き、緑色の双眸がエルド達を見上げた。今にも消えそうな声でファーラントが囁いた。
「馬鹿野郎!!お前…何で…こんなっ……」
「約束…したんだ……ソフィー様と…」
 ファーラントの口から出て来た言葉にエルドは驚いた。忘れた事はない、今は亡き母の名前だった。
「母上と……?」
「命に代えてもお前を守る……そう約束したんだ……」
 疲労と痛みが押し寄せ、ファーラントは眠るように目を閉じた。仲間の声が次第に遠のくのを聞きながら、ファーラントの意識は記憶の海に沈んでいった。


 忘れもしない、あれは十年前の事だった。
 いつも活気に満ち溢れているラッセンの街はいつもより賑わっていた。皆興奮したみたいに騒いでいて、そんな様子を不思議に思いながら家に帰った。いつも質素な服を好む両親は滅多に着ない来客用の服を着ていた。家の中は綺麗に片付いていて、家を間違えたんじゃないかって錯覚した。母に促されたファーラントは着替えながら、父に疑問をぶつけた。
「父さん、何で皆騒いでるの?」
「今日は特別な日なんだよ。ロゼッタの王妃ソフィー様と王子様がラッセンに静養に来るんだ」
「せいよう?」
「身体を休めに来られるんだ。だから皆騒いでいるんだよ」
 馬の嘶く声と、正門が開く音が聞こえてきた。どうやら王妃達が到着したらしい。同時に街の皆の歓声が響く。父と外に出た。広場に着くと、兵士の一団が待っていた。銀色の鎧が陽光に煌めき眩しかった。兵士の波が左右に分かれ、一人の女性が歩いて来た。
 とても綺麗な人だった。細く、繊細なプラチナブロンドの長い髪。紫水晶のような瞳は憂いを帯びていたけど、どんな宝石よりも輝いていた。華奢で、しなやかな身体つきだ。周りを囲む人々に手を振りながら彼女は父の前に立った。
「久し振りですね、アーク。盛大な歓迎、感謝します」
 梢を吹き渡る風のように涼やかな声。どんな楽器でも奏でられない音だと思った。
「いえ。お元気そうで何よりです」
「御子息ですか?貴方に似て、勇敢で聡明なのでしょうね」
「お褒め頂いて光栄です。ファーラントと言います」
 優しく細められた紫の目がファーラントの方を向いた。心臓が跳ね上がる。その視線を受け止め続ける事が出来なかった。か細い声で返事をすると下を向いた。失礼な事だと解っていた。けど、そうするしかなかった。
「街を観光しますか?」
「ええ。案内を頼んでもいいですか?」
「勿論ですとも」
「そうそう。御子息に紹介したい子がいるの。エルド、こっちにいらっしゃい」
 兵士に手を引かれた男の子が歩いて来た。ブロンドに近い茶色の髪に、ソフィーと同じ紫色の目。年はそう変わらないのに、彼はとても華奢な身体つきをしていた。色も白い。硝子のように繊細で、今にも壊れてしまいそうな男の子だった。エルドはソフィーの隣で足を止めた。無言でファーラントをじっと見つめている。
「私の息子、エルドよ。ファーラント君とお友達になれると思うの」
「えっと…僕はファーラント。よろしくね」
 ロゼッタの王子と友達になれるのだろうか。下手をすれば即座に首を刎ねられるのかもしれない。緊張しながらエルドに近付き、握手をしようと右手を差し出した。無表情のままエルドが手を伸ばした。次の瞬間、真っ白で細い手がファーラントの右手を払い除けた。勢いよく払われた部分が痛かった。
「なっ…何するんだよ!」
「うるさい、下民め。僕はロゼッタの王子だぞ。気安く話しかけるな」
 見下したような口調だった。母親譲りの深い紫色の瞳は、鋭いナイフのように冷たく光っていた。
「せっかく友達になろうと思ったのに、失礼な奴だな!」
「友達なんていらない。お前、身分の差というのを知らないのか?母上、城に戻りましょう。こんな田舎は嫌です。狭いし、空気も汚いし…」
 大好きな故郷を侮辱され、カッと頭に血が上った。父親の制止も聞かず、ファーラントはエルドに掴みかかった肉付きの少ないエルドの身体を押し倒し、馬乗りになる。繊細なレースが付いた襟元を掴んだ。
「何するんだ!汚い手で触るな!」
「謝れっ!!ラッセンの皆に謝れ!!お前の方がよっぽど汚いぞ!!他人を見下す事しか出来ないなんて、最低の人間だ!!」
「何だとっ!?」
「ファーラント!止めなさい!」
 父の大きな手が肩を掴み、ファーラントをエルドの上から引き離した。興奮が収まらないファーラントは憤怒の形相でエルドを睨み続けた。エルドは起き上がり服に着いた土や埃を払った。ソフィーの側に行き、彼女を見上げた。
「母上!アイツを捕まえて牢屋に入れて下さい!」
「何故です?」ソフィーの静かな声が響いた。
「何故って…王子である僕に掴みかかったんですよ!?」
「エルド、貴方は過ちを犯しました。さあ、彼等に謝りなさい。王族らしく、非を認めるのです」
 味方だと思っていたソフィーに諭され、エルドは黙り込んでしまった。グッと唇を噛むと、彼はファーラントを睨みつけた。謝ろうとしているのではなさそうだ。
「嫌だ!僕は王子なんだ!下民なんかに…謝るもんか!」
 そう言い放つと、踵を返しエルドは人の波に姿を消した。ざわざわとどよめきが起こる。困り果てた表情でソフィーが溜息をついた。そんな表情の彼女も綺麗だった。
「…ごめんなさい。あの子は本当は優しい子なんです」
「お気になさらずに。追いかけましょうか?」
「いいえ。冷静になる時間が必要でしょうから。アーク、街を案内してもらえますか?」
「はい。ファーラント、お前は家に帰りなさい。いいね?」
「…はい」
 兵士に周りを護衛され、父とソフィーは坂を下って行った。人々の興奮は冷めやらず、感想を言っている。エルドを捜さなくていいのだろうかと思った。何となく、後味が悪い。
(何であんなヤツを心配するんだ?放っておけばいいさ!)
 でも……。
 孤独に沈みきった、愛情に飢えたあの目が忘れられなかった。


 父の言うとおり家に帰り、夕食の準備をする母の手伝いをしていると、玄関のドアが開いた。お帰りなさいを言おうと玄関に向かった。そこに居たのは、父と王妃ソフィーだった。
「…ソフィー様?」不覚にも声が震えた。
「夕食を御馳走になりに来たの。エレノアさんの料理は街一番だと聞きましたから」
「王妃様!ようこそおいで下さいました。アークの妻のエレノアです。さあ、どうぞ」
 その場に呆然と立ち尽くすファーラントの脇をすり抜け、ソフィーはリビングに歩いて行った。ふわりと控え目な花の香りが漂った。ファーラントはしばらくドアを見つめていた。 いつまで経っても、エルドは現れなかった。
 いつもより豪華な夕食。楽しい談笑。誰から見ても楽しい風景だ。だが、ファーラントの気分は沈み、晴れなかった。心の中にモヤモヤしたモノがあって消えてくれない。大好物のグラタンもすっかり冷めてしまった。
「ファーラント、どうしたの?」顔を上げると、心配する母と目が合った。
「…僕、王子を捜してくるよ!ソフィー様、ゆっくりしてください」
 席を立ち、玄関に向かおうとしたファーラントをエレノアが呼び止めた。彼女はキッチンに入り、水筒とバスケットを持って来た。
「温かいスープとサンドイッチよ。気をつけて行きなさい」
「うん!」
 ファーラントは家を飛び出し、街中を走り回った。自慢の俊足を生かして隅々まで捜したが、エルドの姿を見つける事は出来なかった。残るは街を一望できる高台だけだ。微かな望みを抱き、高台に続く階段を上った。ベンチに佇む小さな影を見つけた。華奢な男の子が静かに座っていた。
「…やあ」
 そっと側に行き、声をかけた。小さな肩が震え、憂いの影が浮かんだ横顔がこっちを向いた。隣に座ってもいいかと訊いたが、返事はなかった。勝手にしろという事か。エルドの隣に座り、彼と同じ方向を見つめた。光り輝く星達が、黒い空に散りばめられている。夏が終わり、秋に変わろうとしている季節だったから夜は少し肌寒い。提げている水筒を外し、カップにスープを注いでエルドに渡した。
「…何、コレ」
「母さんお手製のコーンスープ。飲みなよ、温まる」
 カップを受け取り、エルドが一口飲んだ。味わうように、ゆっくりとした動作だった。
「…おいしい」
 意外な言葉にファーラントは驚いた。不味いと言われると思っていた。エルドがカップを突き出した。もう一杯淹れろと言っているようだ。苦笑しながら継ぎ足した。彼はすぐに飲みほした。バスケットの蓋を開けてサンドイッチを渡した。エルドは無言で受け取り、あっという間に食べ終えた。
「…昼間はごめん。やり過ぎたよ」
「いや、母上の言うとおりだ。僕が悪かった。誰だって、故郷を侮辱されたら怒るよ」
「お互い様だね、僕達」
「そうだね」
 喧嘩した事が馬鹿馬鹿しくなり、二人は笑いあった。初めて見るエルドの笑い顔は、無邪気だった。こんな顔も出来るんじゃないかと思った。エルドが笑うのを止めた。しんとした静けさが彼の顔に宿る。
「…話したい事があるんだ。聞いてくれる?」
「え?うん。いいよ」
「僕は…父上の本当の子供じゃないんだ」
「えっ!?」
「詳しくはわからないけど、兵士や侍女の話を聞いたんだ。王子は不義の子だと。僕はいつも独りだ。周りの人達から疎まれ、嫌われている。でも、もう慣れたよ。むしろ独りの方が気楽でいい」
 エルドが微笑んだ。強がっている、そう直感した。平気な振りをしていても、深い紫色の目が震えていた。友達が欲しい年頃なのに、自分なら耐えられないだろう。悲しさと愛しさが同時に込み上げた。
「僕が王子の友達になる!」
「え…?」
「決めた!今から僕達は友達だ。ううん、親友だ!」
 エルドの白い頬に赤みが差した。紫色の双眸に涙が溜まっていく。溜まった涙は溢れ、彼の頬を伝っていった。
「ずっと、死ぬまで親友だからね!」
「…うん」
 二人は星空を背に指切りをした。紫色の目に映る星が滲んで揺れた。


 それから数日後、静養を終えたソフィーとエルドを見送る為に、ファーラントは父と一緒に正門まで来ていた。一緒に遊んだ時間は少なかったが、二人は心を通い合わせていた。
「ファーラント君、少しいいかしら」ソフィーが側に来て囁いた。
「は…はい」
「貴方にお願いがあるの。聞いてくれる?」
「お願い?」
「…もしも、私が居なくなったら、あの子を…エルドを守って欲しいの。あの子は強いわ。けど、誰かが支えてあげないとすぐに壊れてしまう。だから、貴方に頼みたいの」
「…わかった。僕がエルドを守るよ。命に代えても守る」
「…ありがとう。小さな騎士さん」
 ソフィーが屈み、ファーラントの額にキスをした。静謐な微笑みを浮かべた彼女は聖母のようで、儚く、今にも消えてしまいそうだった。
 時が経ち、再会したエルドは変わり、心を閉ざしていた。母を失い、王に息子として認められる為に国の裏の仕事に手を染めていたのだ。唯一の味方だったソフィーを失くし、彼の心はボロボロに傷ついていた。
 彼女との約束は心に刻まれ、十年経った今でも忘れていない。
 いや、忘れてはいけない。
 僕が、
 俺はエルドを守る。
 命に代えても。


 ファーラントの言葉にエルドは言葉を失った。自分の為に、たった一人の親友は命を犠牲にして戦ったのだ。何て言えばいいのか解らなかった。ファーラントの呼吸が遅くなってきた。回復呪文も効かない。ただ死ぬのを待つばかりだ。彼を助ける手段はもう無い。
(どうしたらいいの…?このままじゃ…ファーラントは…)
 その時、闇の波動がアリスを貫いた。あまりにも強すぎる力に圧倒され、全身に寒気が走った。仲間達を見回すが、気付いているのは彼女だけのようだ。目を閉じ、集中して波動を辿る。闇の波動は広間の奥にある階段の向こうから放たれていた。
(この力は……ザイオン?)
 そっと立ち上がると、彼等に気付かれないようにアリスは階段に向かって行った。数分後、マッキースはアリスの姿が見えない事に気付いた。
「エルド!アリスの姿が見えないんだ」
「何だって?」
 アリスの姿を捜したが、見つける事は出来なかった。奥にある階段を見つけた。もしかしたら、彼女は先に行ったのかもしれない。嫌な予感が胸の中に広がる。
「エルド、早く行け。ファーラントの事は任せろ」
「…でも」
「アリスが心配なんでしょ?ボク達は大丈夫だから!」
「…ありがとう」
 弓を掴むとエルドは駆け出した。ファーラントに悪いと思ったが、きっと彼も同じ事を言っただろう。全速力で長い階段を駆け上る。頂上に近付くにつれ、濃く強い闇の力が空気を重くしていた。アリスもこれを感じたに違いない
。階段が終わり、エルドは部屋に飛び込むようにして入った。
 そこにあったのは宙に浮く輝くクリスタルと、アリス。
 そして……。
 ザイオン。