In a destined end
エルドが着いた場所は円形の広間だった。周りに壁はなく、底の見えない闇が大きく口を開けている。足を踏み外せば一巻の終わりだろう。広間の中心には神々しい光を放つクリスタルが浮かんでいた。クリスタルを守るように、木の根が絡み合っている。そのクリスタルの前に黒い髪の少年が佇んでいた。傷だらけの身体が痛々しいが、赤と青のオッドアイは強い光を宿していた。エルドはアリスを庇うように前に立った。
「…やあ、久し振りだね。王子殿」
「ザイオン…!何でここにいるんだ?ファーラントが倒したはず…」
「僕が下等な人間に倒される訳ないだろう?そんな事よりも、このクリスタルが何か解るかい?」
「…知る訳ないだろう?」
冷笑を浮かべると、ザイオンはよろめきながらクリスタルに近付いた。血塗れの手で硬質なそれに触れる。
「これはユグドラシルのコアだよ。とても強大な魔力を秘めているんだ。解るよね?コイツを壊せばどうなるか…。ユグドラシルは枯れ、アスガルドもミッドガルドも、全ての世界が滅びるんだ!」
恍惚とした表情でサイオンは歌うように言った。クリスタルに触れた手から、黒い闇が滲み出た。闇がクリスタルの中に入り込み、透明だったクリスタルが黒く濁っていく。
「やめろ!ザイオン!」
「やめて!」
二人の制止を無視し、ザイオンは闇を注ぎ続けている。クリスタルの輝きが弱まり、ついに消えてしまった。異変が起こった。辺りが揺れ始め、崩れ始めた。世界樹がその存在を維持できなくなったのだ。天井が剥がれ落ち、瓦礫が降ってくる。ザイオンの勝ち誇った笑い声が響いた。
「ははは!!これでいいんだ!!世界なんて無くなればいい!!」
「ザイオン!!!」
アリスを安全な場所に避難させ、エルドはザイオンの前に飛び出した。最後の一本の矢をつがえ、弓を構えた。限界まで弦を引き絞り、強くザイオンを見据える。狂気に満ちたオッドアイがエルドを捉えた。一瞬の静寂。彼の目から狂気の光が消え去った。
「…さあ、早く僕を殺してくれ」
「何だって?」
「…もう、限界なんだ。これ以上、神の力に耐えられそうにない。オーディンが僕を支配しようと…して…る。アイツは世界樹ごと君達を殺そうとしている…。早く!早く僕を殺すんだ!!」
弦を引き絞る力が緩んだ。弓を下ろそうとするエルドに気付き、ザイオンが悲痛な表情になった。
「お願いだ!!僕は…僕のままで死にたいんだ……」
「……わかった。ザイオン、お前の運命を…終わらせてやる」
エルドの撃った矢がザイオンの心臓に突き刺さった。鮮血が流れる。ザイオンは後ろによろめき、足場のへりに立った。奈落が彼を飲み込むのを楽しみにしている。
「……ありがとう」
とても穏やかな微笑みを浮かべ、ザイオンは身を投げた。ザイオンは暗い深淵に落ちていき、見えなくなった。ザイオンが居なくなったにもかかわらず、クリスタルが透明な輝きを取り戻す事はなかった。それどころか、ますます黒く濁っていく。決意した表情で、アリスがクリスタルに近付いた。
「アリス?」
「…私の魂をクリスタルに捧げれば…」
「何言ってるんだ!?」
「やっぱり、神託は正しかったのよ。私の中にある世界樹の魔力の欠片が、クリスタルと反応してるのがわかるの。だから…」
「くだらない神託どおりに魂を捧げるっていうのか!?ふざけるな!!」
「そうしなきゃ駄目なの!!そうしないと、世界が…皆が死んじゃう…。お願いだから…行かせて…」
目に涙を溜めてアリスが言った。凜とした、清らかな面だった。もう、何を言っても止められないだろう。エルドはゆっくりとアリスを抱き締めた。しがみついた彼女の身体は震えていた。
「…アリス。オレは…お前が好きだ。これからも…ずっと…」
「…私も。エルド、貴方を愛してる」
二人は唇を重ねた。これが最後になると思いながら。
エルドから離れ、アリスはクリスタルに触れた。次第に輪郭がぼやけ、透けていく。クリスタルの濁りが消え、清らかな輝きが戻ってきた。アリスの魂を糧に輝いているのだ。
「…ありがとう、エルド。貴方と出会えてよかった」
アリスの身体が光の粒となり、砕け散った。淡い緑色の光がクリスタルに吸い込まれ、消えていく。呆然と立ち尽くすエルドの足下に、ひらりと真紅のリボンが舞い降りた。屈みこみ、拾い上げる。それはアリスの髪を結わっていたリボンだった。
「…っ…ううっ…うわああああああぁっ!!!」
崩れゆく広間に悲しみの慟哭が響き渡った。
「何?この地震…」
「解らないが…世界樹が崩れ始めているようだ…」
エルドがアリスを追って数十分後、マッキースとルルー達も世界樹の崩壊を目の当たりにしていた。
「ルルー、ファーラントはどうだ?」
「…駄目…呪文が効かないよ…。呼吸も弱いし、身体も冷たくなってる。…もう…」
横たわるファーラントは目を閉じ、ピクリとも動かない。まだ微かに息をしているが、時間の問題だろう。二人が諦めかけたその時、淡い緑色の燐光が地面から立ち昇った。光は慈しむように三人を包み込んでいく。ファーラントの瞼が動き、緑色の目が開いた。
「…この光は…あぁ…アリス…君なんだね」
「ファーラント!?大丈夫なのか!?」
マッキースが彼を助け起こした。あれほど酷かった傷が綺麗に塞がっている。奇跡としか言いようがない。
「うん。…もう平気。アリスが助けてくれたよ。エルドは?」
「エルドはアリスを追いかけて…あ!戻って来た!」
奥にある階段をエルドが降りて来た。アリスの姿はなく、彼一人だけだった。三人は急いでエルドの側に駆け寄った。
「エルド、無事だったか。…アリスは?」
「…アリスは…死んだ。ユグドラシルに魂を捧げて…消えた」
「!!」
エルドの言葉に全員が言葉を失くした。エルドは蒼白な顔をしていた。唇を噛み締め、涙を堪えている。
「…早く戻ろう。もうじき世界樹は崩れる」
「待てよ!エルド!」
踵を返したエルドの肩をファーラントの手が掴んだ。振り向いた彼は、いつものように冷静だった。
「何だよ」
「お前…大丈夫なのか?」言ってから愚問だと思った。大丈夫なはずがない。
「…ああ。行くぞ」
四人は急いで来た道を戻った。魔物の姿もない。危険を感じて逃げたのだろう。エウレカが居た広間に着いた。エウレカと、彼女に支えられたアレンの姿があった。
「エウレカ!アレンさん!」
「皆さん…!無事だったんですね!」
「一体何が起こっているんだ?アリスの姿が見えないが…まさか…」
アレンの言葉は途中で途切れた。エルドの様子を見て察したらしい。そうかと呟くと、アレンは俯いた。エウレカも手で口を覆い、嗚咽を漏らした。
「悲しんでる暇はない。早く人間界に…」
その時、巨大な岩が降って来た。エルド達は左右に分かれ、何とか巨大な岩から逃れた。砂埃が舞い上がる。エルド達が居た所に巨大な裂け目が走っていた。その裂け目の向こうにアレンが居た。一行は分断されてしまったのだ。
「アレンさん!!」
「……!」
「早くこっちへ!」
「…いや、もういい。僕はここに残る」
「馬鹿な事を言うな!」エルドが叫んだ。アレンが驚き、微笑んだ。
「どのみち僕は死ぬ。さっき負った傷も癒えていない。それに、人間界に僕の居場所はない。これでいい」
「居場所なんて作ればいいだろ!!死ぬなんて言うな!!やっと…やっと会えたのに…!!」
「…ありがとう、エルド。君は、僕の大切な…息子だ。…最期に君を息子と呼べて…よかった」
「父さ…」
再び降り注いだ落盤がアレンを飲み込んだ。岩や瓦礫は容赦なく襲って来る。このままでは出口までもたないだろう。決意した表情で、ファーラントが詠唱を始めた。
「お前、何してるんだ!?」
「…移送方陣だよ。このままじゃ、皆助からない」
「馬鹿!止めろ!」
「…大丈夫。アリスが力をくれた」
古代の言語がファーラントの唇から流れる。光が輝き、エルド達を包み込むように魔方陣を描いていく。陣が完成し、眩い閃光が彼等を包み込んだ。
瞼の中の光が消え、意識がハッキリしてくるとエルドはここはどこなの確認した。頭上には真っ青な空。足下には若々しく生い茂る草の群れ。どうやら、ミッドガルドに戻れたようだ。周りを見回す。全員無事のようだ。
「ここはどこ?」
「多分、キセナ草原だと思うよ。場所を決める余裕がなくて…」
よろめいたファーラントをエウレカが支えた。本調子ではない身体で失伝魔法を使ったのだ。倒れてもおかしくない。
「…全部終わったな。これからどうする?」
「私は…旅に出る。ここでお別れだな」
マッキースが静かに答えた。ルルーが慌てて彼の側に行った。不安な顔でマッキースを見上げる。
「…ボクも一緒に行っちゃ駄目?」
「気持ちは嬉しいが、君には危険すぎる。穏やかに暮らして欲しい。また、会いに行くよ」
「…うん」
一人一人と握手し、マッキースは最後一度だけ振り返って歩いて行った。
「エウレカとルルーは?よかったら、しばらくラッセンですごさないか?」
「え?…いいんですか?」
「勿論。両親も喜ぶよ。エルドは?」
「…オレは……ロゼッタに戻る」
背中を向けていたエルドが振り向いた。全ての感情を押し殺したような顔をしていた。ファーラントは何とか引き留めようと思った。だが、エルドの決意は固く、何を言っても無駄だと悟った。
「…途中まで一緒に行くからな」
「…好きにしろ」
長い旅は終わったのだ。
アリスと引き換えに、世界は救われた。
静寂に支配された廊下を歩く。自分の靴音だけが廊下に響き渡る。目の前にそびえる扉を開け、王の間に足を踏み入れた。玉座に座っている男の両目が細まった。
「……何故戻って来たのだ?あの小娘を始末したからか?」
「…はい」
胸が痛んだ。アリスの笑顔が蘇る。
「そうか」
「…陛下、お願いがあります」
「何だ?」
「オレを、ナイトオブサンに加えて下さい」
「どういう風の吹き回しだ?……まあいいだろう。青光将軍に話をしておこう。下がってよいぞ」
「はっ」
王の間を後にし、静まりかえった廊下で足を止めた。国家騎士団ナイトオブサンに志願した理由はただ一つ。
神を滅ぼす為。
(アリス……オレは……)
窓の外から、狭い夜空を見上げた。
歪んだ月が映った。