Beginning of trip
二人は森を出て一時間程歩き、ラッセンの街の正門の前に着いた。ラッセンは領主が統治する街で中規模の街だ。ロゼッタ王朝の侵攻に警戒しており、自警団が街を警備している。二人は街の中心にある賑やかな大通りを歩いていた。すると背後から声をかけられた。
「エルドだよな!?いつラッセンに来たんだ!?」
「ファーラント…」
エルドが大きな溜息をつき後ろを見た。アリスも後ろを振り返る。
十七、八ぐらいの少年が早足で近付いて来た。エルドより頭一つ分程背が高い。茶色のショートカットの髪は癖っ毛なのか所々はねている。新緑よりも鮮やかな瞳は元気に輝いている。魔術師風の白と黒のツートンカラーの服は動きやすいデザインだ。
エルドの顔が嫌そうに歪んでいる。どうやら彼が「会いたくない奴」らしい。
「あの…お知り合いですか?」
アリスが訊いた。ファーラントがエルドとアリスを交互に見た。
「可愛い子だな。お前の彼女か?」
「違うッ!!」
「違います!!」
エルドとアリスが同時に叫んだ。
「仲良いじゃないか」
ファーラントが楽しそうに言った。二人の顔が赤くなった。
「ところでどうしてラッセンに来たんだ?お忍びか?」
「オレ達はロゼッタに追われているんだ。どこか安全な場所はないか?」
ファーラントの表情が真剣になった。腰に手をあて何か考えている様子だ。しばらくしてファーラントが口を開いた。
「俺の家に来いよ。父さんに事情を話したら力になってくれるよ」
「でも…迷惑じゃありませんか?」
「大丈夫だよ!さ、行こう」
ファーラントがにっこりと微笑んだ。気分が明るくなるような笑顔にアリスもつられて微笑んだ。
大通りから十分程歩くと、白い壁の家が見えてきた。どうやらここが彼の家らしい。庭には綺麗な花が咲いていてよく手入れされている。夕焼けによく映える白い花だ。
「ただいま!母さん!!」
ファーラントが元気よく扉を開けた。椅子に座り編み物をしている女性がファーラントに気づき玄関に歩いて来た。
「お帰りなさい。帰りが遅いから心配してたのよ」
女性がファーラントを抱きしめた。ファーラントの顔が赤くなった。
「母さん!エルドが来てるんだよ。彼女と一緒にね」
「彼女じゃありませんってば!」
アリスが頬をふくらませて否定した。エルドとアリスを見て女性が優しく微笑んだ。
「まあ王子!お久しぶりでこざいます。もうすぐ主人も帰りますからそれまでくつろいでください。私は夕食の支度をしてきます」
「私も手伝います」
女性とアリスは家の奥へ歩いて行った。
「なあ、エルド。夕食ができるまでゲームでもしないか?久しぶりにお前と勝負したいんだよ。いいだろ?」
ファーラントが棚から箱を取り出した。小さい頃ファーラントと遊んだボードゲームだ。エルドは溜息をついてファーラントを見た。ファーラントはエルドの返事を待っている。
「…わかったよ。暇だから遊んでやる」
「よーーしっ!!今度は負けないからな!!」
ファーラントは床にボードを置き駒をエルドに渡した。
「俺が先攻。いいよな?」
「好きにしろ」
「それっ!!」
ファーラントがサイコロを振った。
一時間後、ゲームが終わった。結果はエルドの圧勝だ。ファーラントは拗ねた顔でゲームを片づけている。台所からファーラントの母親、エレノアがシチュー鍋を運んで来た。
「さあ、おいしい夕食ができましたよ」
「母さん!危ないから俺が運ぶよ!」
ファーラントが立ち上がりエレノアから鍋を受け取った。
「紹介するよ。父のアークに母のエレノア。で、俺はファーラント・オデッセイ。よろしく!」
彼の父親アーク・オデッセイは息子と同じ緑の瞳の男性だ。厳格で真面目そうな顔つきをしている。母親のエレノアはふわりとした茶色の髪に穏やかで優しい雰囲気をたたえている。テーブルにはエレノアとアリスが作った料理が並んでいる。
「このグラタンおいしいです。宮廷料理みたい…」
「アリスさんたら。どこかのお姫様みたいな事を言うのね。そのグラタンはファーラントの大好物でオデッセイ家の特製料理なの。よかったら後でレシピを教えるわね」
「本当ですか?」
「アリスさん。ファーラントや私達がエルド王子と知り合いだと知って驚いただろう?」
アークがワインを飲みながらアリスに言った。アリスが頷いた。
「俺が子供の頃に王妃様とエルドがラッセンに静養に来たんだよ。で、俺とエルドは幼馴染み兼親友になったんだ」
ファーラントが隣に座っているエルドの肩に手を置いた。鬱陶しそうにエルドがその手を払いのける。
「ファーラント。いいかげん王子を呼び捨てにするのはやめなさい」
アークが注意した。ファーラントがパンをちぎり口に入れる。
「いいんだよ!俺はエルドの…」
「幼馴染み兼親友でしょう?」
アリスが言葉を引き継いだ。ファーラントが笑い、アークとエレノア、アリスも笑い出す。
和やかな雰囲気に包まれた食卓を冷たく鋭い声が破った。
「悪いが…オレは失礼する。夜風にあたってくる…」
「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
心配するファーラントを無視し、エルドは椅子から立ち上がり外へ出て行った。
「私、見てきます」
「いや、俺が行くよ。外は寒いしアリスはここで待ってて」
立ち上がろうとしたアリスを制し、ファーラントはエルドの後を追って行った。
「大丈夫でしょうか…心配です」
「アリスさん。君に話したい事があるんだ。聞いてくれるかね?」
アークがワイングラスをテーブルに置いた。真剣な目でアリスを見る。
「何ですか?」
「エルド王子の事だ。君は彼がロゼッタ王朝の正統な王位継承者だと思っているだろう?」
「ええ…」
「だが彼はロゼッタ王の実の息子ではないのだ」
「え…?」
アークの言葉にアリスは一瞬言葉を失った。
「本当ですか?エルド王子が…ロゼッタ王の息子ではないって…」
「この話は私がソフィー王妃から聞いた。エルド王子の実の父親はロゼッタに仕えていた宮廷魔術師のアレン・オレイカルコス様なのだ」
「その…アレン様は今何処に居るんですか?」
「…アレン様は追放された。グールパウダーを飲まされてな…そして今は生死不明だ…」
「グールパウダー?」
「飲んだ者の身体と魂を不死者に変えてしまう薬です。精神が崩壊し、憎しみや恨みに囚われてしまうという恐ろしい薬です」
エレノアがアークの言葉を引き継いだ。アリスの顔色が青くなった。
「そんな恐ろしい物を・・ロゼッタ王は…」
アリスは膝の上で両手を握り締めた。エレノアがポットのお茶をアリスのカップに注いだ。爽やかなハーブの香りがアリスの気分を落ち着かせる。
「おいしい…」
「そのハーブティーもオデッセイ家の特製レシピよ」
「すまなかったな。初対面の君にこんな事を話してしまって…」
「いえ。エルド王子の事を少し理解できて嬉しいです。私、彼の事何も知らなかったから…」
「そうか…しかし遅いな二人共。何をしてるんだ?」
アークが柱時計を見た。時計の針は夜の十時を指そうとしている。エレノアも心配そうに暗くなった窓の外を見る。
「私捜して来ます」
「待ってアリスさん、外は寒いわ。これを着て行って」
エレノアが暖かそうな毛織りのマントをアリスに手渡した。アリスはマントを受け取り、外へ出て行った。
「彼女はいい子だな、エレノア」
「ええ。本当に。エルド王子はいい子を見つけましたわね。あの子も早く彼女をつくればいいのに…」
「そうだな…ファーラントももう十七だ」
アークとエレノアは顔を見合わせ微笑んだ。二人で静かにワインを飲む。
アリスは夜のラッセンの街を歩いていた。エレノアの言ったとおり外の空気は冷たい。
「二人共どこまで行ったのかしら…」
二人を捜し歩きながらアリスはエルドの顔を思い浮かべていた。冷たい紫の瞳はいつも悲しげだった。その訳が今やっとわかったような気がする。
彼は飢えていたのだ。
親からの愛情に。
「こんな所にいたのか、捜したぞ。寒いから早く帰ろうぜ」
エルドはラッセンの街を見渡せる丘に座っていた。膝に顔を埋め、ファーラントの言葉に答えようとしない。
「エルド…?泣いてるのか?」
ファーラントが心配そうに訊いた。エルドがゆっくりと顔をあげ、立ち上がった。
「馬鹿かお前は…オレが泣く訳ないだろう?」
エルドは服の埃を払った。冷たい夜風が吹いて二人の髪を揺らした。
「どうして出て行ったんだよ。感じ悪いだろ?」
「…居心地が悪かっただけだ。それだけだ」
「何でだよ!!楽しくていいじゃないか!!」
ファーラントが怒った。唇を尖らせてエルドを睨む。
「お前にはわからない。…永遠に…」
エルドの悲しげな声にファーラントの顔から怒りの表情が消え去った。
「…とりあえず戻ろうよ…皆心配してるからさ」
「王子、ファーラントさん。捜しましたよ」
澄んだ声が二人を呼んだ。アリスが丘を登り歩いて来る。
「俺は先に帰るよ」
ファーラントはエルドの肩を叩き立ち去った。その場にエルドとアリスの二人だけが残された。アリスがエルドに歩み寄り、マントを渡した。
「外は寒いからってエレノアさんが王子に。さ、私達も帰りましょう…くしゅんっ!!」
アリスが可愛らしいくしゃみをした。エルドが渡されたマントをアリスの肩にかけた。
「オレには必要ない。それに、オレを王子と呼ぶな。エルドでいい」
そう言うとエルドはアリスに背を向け歩いて行った。アリスはしばらくエルドの華奢な背中を見つめていた。
(私はロゼッタを憎んでいる…でも彼は何か違う…どうして…?何故王子…エルドと一緒にいたいと思うのかしら…)
アリスは夜の空を見上げた。夏の暁を思わせる青い目に夜空に輝く星が映る。
「アリス?何をしているんだ?早く帰るんだろう?」
物思いに耽っていたアリスをエルドの声が現実に呼び戻した。見るとエルドはアリスより少し離れた場所に立っている。アリスを心配して戻って来たのだろうか。
「は…はい。今行きます」
アリスの心臓は高鳴っていた。何故か頬が赤らむ。よくわからない感情にアリスは戸惑っていた。エルドが初めて彼女の名前を呼んだのだ。
アリスは心に決めた。ロゼッタは憎い。だが、エルドは違う。
もう少しエルドと一緒に歩いてみようと。
「エルド、背中流してやろうか?」
エルドとファーラントは風呂に入っていた。エレノアが三人の為にわざわざ沸かしてくれたのだ。アリスは先に入り居間でアークやエレノアと話している。
「うるさい。オレに触るな」
エルドは湯船につかりファーラントを睨みつけた。湯船にからほのかに薔薇の香りがしてくる。ファーラントはタオルに石鹸をつけ身体を洗い始めた。
「お前って華奢だよな。色も白いし女の子みたいだな」
「なっ…」
立ち上がり反論しようとしたエルドの顔にファーラントが飛ばした石鹸の泡がかかった。突然の不意打ちにエルドはバランスを崩し、湯船に勢いよく倒れた。
「何やってんだよ!馬鹿だなーーー!!!」
ファーラントは身体を洗う手を止め思いきり笑った。彼の笑い声に反応しエルドが湯船から出て来た。茶色の長い前髪は白い顔に張り付きその間からは深い紫の瞳が見えている。怒りと屈辱の感情がエルドを包み込んでいる。
「その勝ち誇った面気に入らないな…!!殺してやるっ!!!」
エルドがファーラントに殴りかかろうとした時、風呂場の扉が勢いよく開け放たれた。
「二人とも早く出て下さい!!後がつかえてるんですよ!?」
アリスが怒鳴り込んで来たのだ。時が止まったかのようにしばらくその場が凍りついた。アリスが二人の裸を見て顔を真っ赤にした。二人の腰にはちゃんとタオルが巻かれているのだが少し取れかかっている。
「ごっ…ごめんなさいっ!!!!」
アリスが扉を閉めた。取り乱した足音が走り去っていった。
「…もう出ようか」
「…ああ」
どうやらさっきの出来事でエルドの怒りは冷めたようだ。ファーラントは心の中で安堵の息を吐いた。二人は服を着て居間に戻った。アリスは耳まで赤くなり俯いて座っている。
「さあ、もう遅いから寝なさい。アリスさんは私の部屋を使って」
「は…はい…」
アリスの顔はまだ赤い。エルドが溜息をつきアリスに近づいた。
「…さっきの事はオレ達が悪かった。何でそんなに赤くなる?」
エルドの声はいらついていた。
「ごめんなさい…私…男の人の裸を見たのは初めてで…」
「二人で愛の語らいか?早く寝ないと母さんに怒られるぞ」
ファーラントが二人の間に割って入って来た。
「そうですよ。子供は早く寝なさい」
エレノアが優しく微笑んで言った。
「何でオレがお前と一緒の部屋で寝るんだ?」
棘のある声でエルドが言った。部屋が足りないのでエルドはファーラントと一緒の部屋で寝ることになったのだ。
「何だお前。女の子と一緒に寝る気だったのか?やらしいなぁー」
ファーラントがエルドをからかった。エルドの顔が赤くなった。
「オレはベッドで寝る!!お前は床で寝ろ!!!」
エルドは足音を響かせて階段を上って行った。アリスとファーラントは顔を見合せて笑った。
真夜中エルドは胸騒ぎを感じて目を覚ました。壁に立て掛けた弓と矢筒を手にし、床で寝ているファーラントを揺り起こした。
「ファーラント、起きろ」
「ん…何だよ…」
ファーラントが眠そうに目を擦り身体を起こした。部屋のドアがノックされ開いた。
「ファーラント、王子。起きているか?」
アークが部屋に入って来た。手には剣を持っている。アークが剣を手にしている姿を見てファーラントの目は一気に覚めた。
「何かあったの?父さん。剣なんか持ってさ…」
「ロゼッタの騎士団がラッセンに向かっているという情報が入った」
「国家騎士団…ナイトオブサンか…」
エルドが呟いた。ナイトオブサンはロゼッタ王が差し向けたのだろう。自分とアリスを殺す為に。騎士団に捕まれば自分とアリスは確実に殺されるだろう。ファーラントやアーク、エレノアも。
「母さんとアリスさんは下で待っている。私が君たちを裏門まで送ろう」
「そんなの危険だよ!!ラッセンや父さんの立場が危うくなるよ!!王子を匿っただけでなく逃がすなんて…」
ファーラントが今にも泣きだしそうな顔で叫んだ。
「いいから。さあ、早く下へ降りるんだ」
アークが厳しく言った。ファーラントは力なくうなだれ階段を下りて行った。
「…どうしてオレの為にそこまでするんだ?オレを引き渡したら無事で済む事だろう?」
エルドが自嘲気味に言い薄い唇を歪めた。
「王子、貴方は息子の大切な友人です。アリスさんも。二人を死なせる訳にはいきません」
アークが優しくエルドの肩に手を置き、階段を下りて行った。エルドもアークの後に続き階段を下りる。何故他人の為にそこまでするのか。エルドには理解できなかった。自分は周囲から疎まれて育ってきたのだから…。
エレノアがファーラントに鞄を渡した。ファーラントは鞄を受け取りエレノアを見た。緑色の瞳は涙で潤みかけている。
「鞄には地図とお金と薬や食糧が入っているわ。貴方が王子とアリスさんを守るのよ。いいわね?」
「俺も残るよ!父さんと母さんが心配だよ!!」
「しっかりしなさい!!ファーラント!!男の子でしょう?私達は大丈夫だから…」
エレノアは自分より背の高いファーラントを抱き締めた。ファーラントが頷いた。頬に涙が伝う。二人の様子を見てエルドの胸が締めつけられるように痛んだ。胸に手を当て、ぎゅっと手に力を込める。
(何なんだ…この胸の痛みは…)
そんなエルドの様子を見てアリスが歩み寄って来た。青い瞳が心配そうに曇る。
「大丈夫ですか…?顔色が優れないようですが…」
アリスがそっとエルドの手に触れた。だがエルドはその手をほどいた。
「オレはロゼッタに戻る。アリスはオレが殺したことにすればいい。そうすれば…」
「馬鹿野郎!!何言ってんだ!!父さんと母さんの好意を無駄にするのかよ!!」
ファーラントがエルドの肩を掴み、激しく揺さぶった。エルドの肩を掴む白い手袋にきつく皺が寄った。悲しみと怒りが混じった表情でエルドを睨む。
「王子。私達を信じて下さい。行きましょう。時間がありません」
エルドが頷き、ファーラントがエルドの肩を掴んでいた手を離した。
「私に付いて来て下さい」
アークが先導し、エルド達は彼の後に続いた。しばらく歩くと裏門が見えてきた。アークが鍵を取り出し裏門を開ける。
「すまない…オレのせいだ。関係のない貴方達を巻き込んでしまった…」
エルドがアークに謝った。アリスも頭を下げる。アークが首を横に振った。
「二人のせいではありません。さあ、早く行って下さい。ファーラント、二人を頼んだぞ」
ファーラントが頷いた。その瞳に悲しみの色はもう無く、強い決意の光が宿っている。
「必ず戻るよ。だから…死なないで…」
ファーラントとアークは固く手を握りあった。
三人はアークに見送られラッセンを後にした。アークは三人の姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。背後から馬の蹄の音が聞こえてくる。どうやらナイトオブサンが正門に近づいているようだ。
(三人を死なせはしない。必ず守り通してみせる。ラッセンもロゼッタに渡しはしない)
アークは剣を握り、決意した表情で正門にへと歩いて行った。
エルド達はしばらく夜の街道を歩いていた。街道の途中に小屋を見つけたのでそこで少し休むことにした。ファーラントが鞄から地図を取り出し床に広げた。
「これからどうする?もうラッセンには戻れないし…」
「…行くあてはないな。やはりオレがロゼッタに戻ったほうが…」
「駄目だって言っただろう!?」
ファーラントがエルドを睨む。アリスが地図を覗き込んだ。
「クレルモンフェランに行ってみませんか?ここには未来を占ってくれる神殿があると聞きました」
「ここからはかなり遠いな。それにロゼッタの近くを通ることになるぞ」
「ちょっといいかな?遠回りになるけど北から回り込んでいけば安全にいけるよ」
ファーラントが地図を自分の手元に引き寄せ、白い手袋を嵌めた手で道順をなぞった。
「決まりだな。よし、すぐに出発するぞ…」
立ち上がろうとしたエルドの肩にアリスがもたれかかった。目は閉じられ安らかな寝息をたてている。エルドは無言でアリスを見た。その顔はどうしたらいいのか困っているようだ。
「今日はここで休もうよ。お前も疲れてるんだろう?」
「…そうだな」
エルドは溜め息をつき、アリスをそっと床に寝かせた。
「優しいねぇ、王子様」
ファーラントがニヤニヤした。エルドは赤くなり慌ててアリスから離れた。
「うるさいっ!!オレはもう寝る!!」
エルドは二人から離れた場所に横になった。今までの疲れが津波のように押し寄せてくる。すぐにエルドはアリスと同じ安らかな寝息をたてはじめた。ファーラントはそっとエルドの側に行き彼の寝顔を覗き込んだ。いつもの厳しい表情は消え、穏やかな顔をしている。ファーラントは欠伸をしエルドから少し離れた所に寝転んだ。
「…父さんと母さんは無事かな」
ファーラントは天井を見つめた。両親の事を思うとなかなか眠れない。二人は大丈夫だろう。アークは自警団の隊長で剣の腕は相当のものだ。エレノアもいつもは優しく穏やかだが芯が強く気丈だ。大丈夫、二人はきっと無事だ。ファーラントは目を閉じた。眠気が襲ってくる。
(何があってもエルドは俺が守るよ…あの人と約束したから…)