Encounter with the knight



「魔物だ!足手まといにはなるなよ!!」
 エルド達は魔物と戦っていた。魚の姿をしたフライングフィッシュと半漁人のような姿をしたディープマンだ。エルドがディープマンに向けて矢を放った。ディープマンは手に持った三又の槍で矢を弾いた。アリスが鞘から細見の剣を抜きフライングフィッシュに斬りかかった。フライングフィッシュは尾ビレで剣を受け止める。少しずつアリスが押されていく。
 フライングフィッシュが毒の泡をアリスに吐こうとした時、ファーラントがアリスの前に躍り出た。強烈な回し蹴りをフライングフィッシュに叩き込む。フライングフィッシュは木に叩きつけられた。地面に落ちそのまま動かなくなる。
「あ…ありがとうございます。でもファーラントさんは魔術師だって…」
「俺は格闘術も勉強してるんだ。もちろん魔法も使えるけどね」
 一瞬辺りを青い光が照らした。二人が後ろを振り返るとエルドが膝をついていた。右腕に酷い裂傷を負っている。傷口が凍りついている。ディープマンが氷の魔法を唱えたらしい。
「なめやがって…」
 エルドが矢を手にし呪文のような言葉を呟いた。矢が炎に包まれた。エルドはその矢を弓につがえディープマンに向けて放った。魔法を使い疲弊していたディープマンは避けきれず矢に貫かれ燃えあがった。戦闘が終わり、アリスとファーラントがエルドに駆け寄る。
「酷い怪我…今治しますね」
「オレに構うな。こんな怪我どうってことない」
 アリスがエルドの傷にそっと触れた。少し触られただけなのに痛みが全身に走る。
「キュアプラムス」
 アリスが魔法を唱えた。淡い緑の光がエルドの身体を包んだ。傷は綺麗にふさがっている。
「これで大丈夫です」
 アリスが優しく微笑んだ。エルドは戸惑ったような顔をしている。
「よけいなお世話だ。さっさと行くぞ」
 エルドは冷たく言い放ち街道を歩いて行った。
「…迷惑だったんでしょうか…」
「きっと照れてるんだよ!ほら、町が見えてきたよ」
 アリスが落ち込んだように表情を曇らせたのを見てファーラントが慌てて励ました。アリスはファーラントの優しさに励まされ少し元気を取り戻したようだ。
「エルドは誰かに優しくされたの初めてなんだよ。だから戸惑ってるんだ…」
 エルドの後を追い、歩いて行くアリスに聞こえないようにファーラントが呟いた。



 しばらく街道を歩いていると小さな町が見えてきた。エルドは町を通り過ぎようとしたのだがアリスが町で休もうと言い張ったのだ。しかたなくエルドは町で休むことを承諾した。二人のやりとりを見たファーラントは心の中で微笑んだ。
 エルド達はまず道具屋に寄ることにした。街道での魔物との戦いでエレノアからもらった薬をだいぶ使ってしまったからだ。傷を癒す戦士の秘薬や解毒作用のある花の露で作られた金銀花の露等を買った。その足で宿屋に向かいとりあえず一晩泊ることにした。
「お金…残り少ないですね…」
 アリスの言うとおりエレノアからもらったお金は薬代と宿代に使ったせいでもう残り少ない。ベッドに胡坐をかいて座っているファーラントが残り少ないオースを見て顔をしかめた。
「このままじゃクレルモンフェランに行けないな…何とかしてオースを稼がないと」
「盗賊ギルドでもあれば、オレが暗殺でも何でもしてオースを稼げるんだがな」
 エルドが真顔で言った。アリスとファーラントが呆気に取られてエルドを見た。
「何でそんな顔でオレを見る?」
「暗殺なんて駄目です。貴方は王子なんですよ?」
「うるさいな…オレは王子なんかじゃないんだよ…」
「まあまあ…町でも見物しに行かないか?何かいい方法が見つかるかもよ」
 エルドとアリスの間に流れはじめた不穏な空気を察知してファーラントが慌てて言った。
「…そうですね。行きましょう」
「フン、勝手にしろ。オレは行かないからな。人混みは嫌いだ」
「そんなこと言うなって。太陽の光に当たらないからお前はいつも青白いんだよ」
 ベッドから降りたファーラントはエルドの背中を押しながら階段を降りて行った。
「押すな!馬鹿!!行かないって言っているだろうがっ!!」
 二人の言い争う声が階下から聞こえてくる。その声を聞き笑いながらアリスも階段を降りた。
 外はいい天気だ。頭上には真っ青な空が広がり白い雲と見事に調和している。小さな町なので人は少ないと思っていたが人は意外に多く、町は賑やかだ。エルド達はファーラントの提案で酒場に行くことにした。
 酒場に行こうという提案を聞いてアリスは猛反対したが、情報を聞いたり仕事を探したりする為だとファーラントが弁解するとアリスは仕方なく賛成した。
「アリスって怒ると怖いな…母さんより怖いよ…」
 前を歩くアリスに聞こえないようにファーラントがエルドに囁いた。エルドが呆れた顔でファーラントを見た。
「誤解されるような言い方をするからだ。さっさと行くぞ」


 エルドは酒場の扉を開けた。酒のきつい匂いが漂ってきてエルドは顔をしかめた。酒場の隅の席で話をしていた町の住民らしき人達はエルド達が入って来たのを見ると話を止めた。カウンター側の席は人相の悪い男達が陣取っている。時折下品な笑い声を上げている。窓側の席には旅の途中らしい青年が座っている。
 アリスがカウンターの中で酒を造っている男に話しかけた。格好からするとこの酒場のマスターだろう。
「あの…私達、仕事を探しているんです。何かいい仕事はありませんか?」
 マスターはアリスの問いかけに答えようとせず黙々と酒を造っている。その時人相の悪い男の一人髭面の男が手に持っていたジョッキをカウンターに叩きつけた。
「ここはガキの来る所じゃないぜ!さっさとお家に帰んな!!」
 そうだそうだと隣に座っている頬に傷のある男が叫んだ。髭の男が椅子から立ち上がった。
「そんなの関係ありません!」
 アリスが毅然と言い返した。が、その唇は震えている。髭の男がアリスの腕を掴んだ。太い指が腕に食い込みアリスは顔を歪めた。
「よく見りゃ可愛いじゃねぇか。奴隷市場で高く売れそうだ」
「アリスを放せ!!俺が相手になってやる!!」
 ファーラントが叫んだ。この少年は正義感が強いのだ。その時エルドは背後に気配を感じ素早く振り返った。いつの間にか傷の男が背後に回っていたのだ。手にしたビールの瓶を振り上げる。突然の事にエルドは振り下ろされた瓶を避けることができなかった。ビールの瓶がエルドの頭を直撃し、エルドは床に倒れた。意識が朦朧としていく。アリスが悲鳴を上げエルドに駆け寄ろうとしたが男に腕を掴まれ動けない。
 背後で聞こえた異様な音に気づきファーラントが後ろを向いた。エルドは床に倒れたまま動かない。エルドの茶色の髪に赤い血がつき、周りには硝子の破片が飛び散っていた。傷の男がエルドの頭を踏みつけ笑みを浮かべた。
「よくもっ!!!」
 ファーラントが叫んだ。緑の瞳は怒りで濃くなり彼の周りで魔力が渦を巻いた。エルドが目を開けた。
(ファーラントを止めないと…今ここで魔法を唱えたら…皆死ぬ…。凄い魔力だ…このままじゃ…)
 ファーラントは怒りで我を失っている。酒場全体がミシミシと嫌な音をたてはじめた。ファーラントが右手を高く上げ呪文の詠唱に入る。
「やめろっ!!」
 凛とした澄んだ声が響いた。ファーラントは我に返り上げていた右手を下ろした。渦を巻いていた魔力も消えていく。窓際の席に座っていた青年が椅子から立ち上がり男達を睨んでいる。
「彼女を放して、この町から出て行け」
 青年が強い口調で男達に言い放った。
「あぁ?何だ兄ちゃん。アンタも奴隷市場に売られたいのか?アンタは男前だからな、そんな趣味の奴に高く売れそうだな」
 髭の男がアリスを放し青年に詰め寄った。下卑た笑いを浮かべ青年を舐め回すように見る。
「もう一度だけ言う。この町から、出て行け」
 臆することない青年の態度に髭の男の表情が変わった。
「生意気だなぁ、兄ちゃん。こりゃちょっと躾が必要だな…」
 髭の男がベルトにはさんでいた短剣を抜いた。ベロリと舌で刃を舐める。
「躾だと?やれるものならやってみろ。俺は強いぞ、お前みたいな屑相手に剣を汚したくない。素手で相手をしてやるよ」
「この野郎!!!!」
 髭の男が突進した。短剣を青年の胸に突き立てようとする。青年はそれを軽く避けた。髭の男は勢い余って机と椅子に突っ込んだ。
「危ない!!」
 アリスが叫んだ。いつの間にか青年の後ろに回っていた傷の男が青年を羽交い締めにしたのだ。髭の男が起き上がりジリジリと青年に近づく。
 髭の男が匂いがかげるほど青年に近づいた。青年の頬に短剣を当て、頬から喉。喉から胸元にへと刃先を滑らせていく。
「どうだ?怖くて声も出せないか?」
「…やっぱりお前達は屑だな。剣を使わなくてよかったよ」
「野郎!!!」
 青年が傷の男の顔に頭突きをした。傷の男は青年を放し床に蹲った。髭の男が短剣を振り上げた。青年は短剣を避け、裏拳を髭の男の顔に叩き込んだ。骨が砕ける嫌な音がして髭の男は壁に叩きつけられた。
「まだやるのか?俺はアークダイン王国血剣騎士団に所属しているんだぞ」
「血剣騎士団!?冗談じゃねぇ!!」
傷の男は気を失った髭の男を抱え慌てて逃げて行った。アリスがエルドに駆け寄った。エルドは壁にもたれグッタリとしている。白い顔に赤い血が垂れ、血の気を失いつもより一層青白くなっている。ファーラントがハンカチで血を拭っているが血はなかなか止まらない。アリスが屈んでエルドの頬に手を触れた。
「キュアプラムス!!」
 淡い緑の光がエルドの傷を癒した。ファーラントが安心して息を吐いた。アリスがエルドの手を強く握った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!!エルド…私のせいで…」
「こんな傷…何ともない…」
 エルドは赤くなりアリスの手をほどいた。ふらつきながら立ち上がる。
「その様子だと大丈夫みたいだね」
 青年が笑った。青空のような爽やかな笑顔だ。
「ありがとうございます。助かりました…」
 アリスが頭を下げた。ファーラントも青年にお礼を言う。
「あんた達強いな…何も出来なくて悪かった…」
 酒場のマスターがカウンターの中から出て来た。酒場の隅で話をしていた中年の男性と女性も席を立ちエルド達に近づいて来た。
「俺達町の住民はあいつらに困り果てていたんだ。追い払ってくれてありがとう」
 男性が青年に礼を言った。マスターが地図をアリスに渡した。
「仕事を探しているって言ったよな。魔物退治の仕事なんだが…」
「この町の外れにトゥルゲン鉱山という鉱山があるんですがそこに巨大な昆虫の魔物が住みついてしまって困っているんです。この魔物を退治してくれませんか?」
 女性がすがるような目でエルド達を見た。アリスがエルドに近づいた。
「エルド。引き受けましょう」
「…馬鹿言うな。オレ達の目的は魔物退治じゃない。クレルモンフェランに行くことだ」
 エルドが冷たく答えた。殴られた傷は治ったが頭が割れるように痛い。頭の痛みでエルドはいらついていた。
「…お願いします」
 アリスが空色の瞳でエルドを見つめた。エルドの胸がまた締めつけられるように痛んだ。
「意地悪エルド!俺達はオース不足なんだぜ?オースを稼がないとクレルモンフェランに行けないんだぞ?」
 ファーラントがアリスの隣に立ってエルドに文句を言った。
「好きにしろ…」
 大きく溜息をつきエルドが言った。アリスが嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。報酬はあまり出せないが…気をつけてくれ」
 三人は酒場を後にした。


「待ってくれ!」
 三人が後ろを向くと青年が走って来た。青年は軽く息を整え、口を開いた。
「君達さえよければ俺も一緒に行かせて貰えないか?」
「え?」
 アリスとファーラントが驚いた。二人の驚いた顔を見て青年が表情を曇らせた。
「…迷惑、かな?」
「そんな事ありません!!ぜひお願いします!!!」
 顔を真っ赤にしてアリスが叫んだ。
「オレは迷惑だがな…」
 そう言ったエルドの口をアリスとファーラントが塞いだ。
「馬鹿っ!!そんな事言うなよ!!失礼だろ!!」
「そうですよ!?」
 そんな三人の様子を青年は不思議そうに見ている。アリスが誤魔化すように笑った。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。俺はローランド。正真正銘アークダイン王国の騎士だよ」
「私はアリスです。花売りをしていました」
「俺はファーラント。ラッセンの魔術師さ!で、アイツが…」
 ファーラントがエルドを紹介しようと後ろを向いた。見るとエルドは遥か前方を歩いている。どうやら先に行ってしまったらしい。
「…アイツがエルド…」
 ファーラントが溜息をついた。アリスも呆れた顔をしている。


 四人はトゥルゲン鉱山に続く街道を歩いていた。魔物が恐ろしくて誰も近づかないせいなのか、街道は荒れ果てていて歩きにくい。草木が生い茂り昼間だというのに薄暗く不気味だ。
「ローランドさんはどうしてあの町に?」
 アリスが隣を歩いているローランドに話しかけた。ローランドは背が高く、髪はアリスと同じ金髪だ。瞳は琥珀色で、腰には長剣を帯びている。
「騎士団の任務の帰りだったんだ。酒場で休んでいたらあの騒ぎが起こった、という訳さ」
「でも俺達と一緒に来ていいのか?大事な任務なんじゃ…」
 頭の後ろで両手を組んで歩いていたファーラントが振り向いた。ファーラントの質問にアリスも心配そうな顔をしてローランドを見た。
「気にしないでくれ。君達が心配することはないよ」
 ローランドが二人を安心させるように微笑んだ。しばらく歩くと鉱山の入り口が見えてきた。先を歩いていたエルドが入口を覗き込んでいた。
 アリスがエルドに近づき彼の肩越しに背伸びをし入口を覗こうとした。エルドが振り向くとアリスの顔がすぐ近くにあった。エルドは顔を赤くしてアリスから離れた。
「どうしてそんな顔をするんです?…中は暗くて様子がわかりませんね…」
「変な棒があるけど…何だろ」
 ファーラントが入口の近くにあった棒を倒した。ガコンという音がして鉱山の中が明るくなった。
「よし。オレが前を行く。アリスはオレから離れるなよ」
「じゃあ俺が後ろを守ろう」
 ローランドが剣を抜いた。エルドは弓を構え、アリスも細身の剣を右手に握る。先頭がエルド、彼の後ろにアリス。アリスを守るようにファーラントが隣を歩く。二人の後ろにローランドという陣形で四人は鉱山に足を踏み入れた。
 鉱山の中は明かりがついているにもかかわらず薄暗い。空気はひんやりとしており少し肌寒く感じる。先頭を歩いているエルドが足を止めた。アリスがエルドの背中にぶつかりそうになる。
「人の声がする…」
 エルドが呟いた。エルドの目は鉱山の奥に続く通路を警戒するように睨んでいる。耳を澄ますと微かに人の足音らしき音が聞こえてくる。足音がだんだん近づいてくる。ローランドが三人を守るように前に出た。


「助けてぇ!!」
 少女が奥に続く通路から走り出て来た。身体中傷だらけだ。少女が石につまずき倒れた。アリスが少女に駆け寄った。三人もアリスに続く。
「大丈夫?どうしてこんな危険な場所に?」
 アリスが優しく少女に訊いた。だが少女は泣くばかりで何も答えない。奥の通路から虫の羽音が響いてきた。少女が身を震わせアリスの後ろに隠れる。赤い色の虫の塊が通路から出て来た。
「あれはミラージュワスプ!奴には武器は効かない!!」
 ローランドが警告した。エルドは試しに一発矢を放った。だが矢はミラージュワスプを突き抜けた。エルドは舌打ちをした。武器が駄目なら魔法か…。
「ファーラント!!」
 エルドがファーラントに呼びかけた。ファーラントはすでに目を閉じ呪文の詠唱に入っている。ファーラントが目を開け右手を魔物に向けて突き出した。
『真紅に輝く紅蓮の奔流よ、彼の者を包み、業火の戒めを!バーンストーム!!』
 爆炎を伴った上昇気流がミラージュワスプを包み込み焼きつくした。ファーラントが大きく息を吐き地面に座り込んだ。魔法を使うと激しく精神力を消耗する。強力な魔法ほど消耗が激しい。
「…平気か?」
 エルドの言葉にファーラントは目を丸くした。エルドが他人を心配するなんてかなり珍しい。ファーラントはからかいの言葉を飲み込んだ。
「ん、大丈夫。少し休めばすぐに元気になるよ」
 本当はかなりだるい。だがファーラントは皆に心配をかけないように嘘をつき作り笑いを浮かべた。二人から少し離れた所ではアリスとローランドが少女と話していた。
「もう大丈夫よ。怖い魔物はもういないわ」
 その時アリスの背後からリザードマンが飛び出して来た。アリスは慌てて剣を構えるが魔物に弾かれてしまった。軽い金属音をたてて剣は遠くに落ちた。
「アリス!!」
エルドが弓を構えるが間に合わない。リザードマンがアリス目がけて剣を振り下ろした。アリスは少女を後ろに庇い目を瞑った。いつまで経っても痛みがこない。不思議に思い、アリスは目を開けた。アリスは驚きに目を見開いた。


「ローランドさん!!?」
 ローランドがアリスに覆いかぶさるようにしてアリスを庇っていたのだ。リザードマンの剣がローランドの背中に深く食い込んでいる。
「倒れろっ!!」
 ローランドが剣を横薙ぎにふるった。強烈な一撃に魔物の身体は両断された。ローランドが膝をついた。呼吸が荒く背中から大量の血が流れている。
「俺は大丈夫だ。怪我はないか?子供は無事か?」
 ローランドの顔は血の気を失い青白い。今にも倒れそうだ。アリスがそっとローランドの傷口に触れた。
「喋らないでください…。今治します」
 アリスが回復呪文を唱えた。かなり酷かったローランドの傷がふさがってゆく。
「ありがとう…良くなったよ」
 ローランドが微笑みアリスに礼を言った。誰かがエルドの服を引っ張った。エルドが振り向くと少女がエルドを見上げていた。
「助けてくれてありがとう。あたしエナっていうの。お姉ちゃん、もしかしてあの虫の魔物を倒しにきたの?」
 エナと名乗った少女がエルドに尋ねた。エルドの顔が引き攣った。ファーラントはエルドに背を向けているが、笑いを堪えているのが手に取るようにわかる。
「駄目だもう我慢できないよ!ははっ!!お姉ちゃんだって!!エルドお姉ちゃんか…いいじゃないか!!」
 ファーラントは腹を抱えて笑っている。さっきまで疲れて座り込んでいたのが嘘のようだ。
「笑うな!!そんなに死にたいのか!?」
「だってお姉ちゃんだぜ!?笑いすぎてお腹が痛くなってきた」
 エルドが顔を真っ赤にして怒鳴った。ファーラントは疲れたのか笑うのを止め、肩で息をしている。エナが不思議そうな顔でアリスを見た。
「あたし…何か悪い事言ったの?」
 ファーラントがエナに近づき彼女の頭に優しく手を置いた。
「エナちゃん。あの目つきの悪い怖いお姉さんは実はお兄さんなんだよ。近づくと噛みつかれるよー」
 ファーラントの言葉にエルドとエナを除く全員が笑った。エナはエルドが男だという事実に驚きエルドを見た。エルドは面白くない様子でそっぽを向いている。
「あたし、大きな卵を見たよ。きっと魔物の卵だよ」
 エナの言葉に反応したエルドが歩み寄って来た。
「何処で卵を見つけたんだ?」
 エルドはエナを怖がらせないようにできるだけ優しく訊いた。
「鉱山の一番奥だよ。あたしが案内する!」
 エナが元気よく言った。
 四人はエナに案内され鉱山の奥にへと進んで行った。今の所魔物の襲撃はないが油断はできない。辺りを警戒しながら先に進む。


 鉱山の奥は開けた空間になっていた。壁に埋まっている鉱石から放たれた青い光が辺りを包み込んでいる。その神秘的な雰囲気にアリスは溜息をついた。住民の言っていた昆虫の魔物の姿はない。何処かへ行ったのかそれとも物陰に隠れているのだろうか。
「あの柱の裏に卵があるよ」
 エナが奥にある石柱を指差した。エルドが柱の裏を覗くとエナの言うとおり魔物の卵があった。辺りを見回すと同じ卵がいくつか置いてある。そのうちの数個は殻が破られている。どうやら孵化したらしい。エルドは周りを警戒しながらアリス達の所に戻った。
「卵が何個かあった。孵化しているのもあったがな…。町の奴等が言っていた魔物はここにはいないようだ」
 そう言うとエルドは弓を構え卵に近づいた。
「エルド?何をするの!?」
 アリスがエルドの細い腕を掴んだ。エルドがうるさそうにアリスを見る。
「決まっているだろう。卵を壊すんだ」
 アリスはエルドの腕を放し卵を庇うように立った。強くエルドを睨む。
「駄目です!卵に罪はありません!!」
「何甘いことを言っているんだ?いずれ成長して人を襲うかもしれないんだぞ!?」
 エルドが冷たく言った。彼の声には何の感情もなかった。
「どうして貴方はそんなに冷たいの…?」
 アリスの目から涙が溢れた。エルドは突然のことに驚き目をそらした。アリスは両手で顔を覆い静かに嗚咽を漏らした。ファーラントは困った顔で二人を見ている。ローランドは冷静だ。エナは不安そうな顔でローランドの手を握り締めている。しばらくの間沈黙がその場を支配した。しばらくしてエルドが口を開いた。
「…町に戻るぞ」
「え…?でも卵は…?」
「卵なんて見なかった。それでいいだろ?」
「エルド…ありがとう…」
 エルドはアリスの感謝の言葉を無視し来た道を戻って行った。アリス達は慌てて後を追う。
「エルド!ごめんなさい…」
 エルドに追いついたアリスが謝った。エルドは何も言わずに足を止めた。怒っているのか、アリスを見ようとしない。アリスが力なく俯いた。
「…どうして謝るんだ?お前は何も悪くないんだ。いちいち謝るな」
「ごめんなさい…気をつけます…」
 エルドが振り向いてアリスを見つめた。大きな紫の瞳にアリスの姿が映る。
「エ…エルド…?」
「どうしてお前はそんなに優しくなれるんだ?」
 エルドが泣きそうな顔で言った。そしてアリスに背を向け再び歩いて行った。
 アリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。エルドの泣きそうな顔が頭から離れない。誰かがアリスの肩を叩いた。振り向くとファーラントが立っていた。
「エルドを許してやってくれよ。アイツ、他人の気持ちとかに鈍感なんだ」
 ファーラントは自分が悪い事をしたかのように言った。
「私怒ってませんよ。さあ、早く行きましょう」
 元気よく言うとアリスはエルドの後を追いかけて行った。アリスの背中を見つめているファーラントの隣にエナが来た。ローランドに懐いているのか彼の手を握って離さない。
「ファーラントさん。エルドさんとアリスさんは恋人同士なの?」
 エナがませた質問をファーラントにぶつけた。ファーラントは何と答えたらいいのか戸惑った。ローランドも興味ありげにファーラントの答えを待っている。
「んーーー…そんな所かな?多分そうだと思うよ。エナはローランドに随分懐いているね」
「だってローランドさん素敵だもん!エナのお婿さんになってもらうんだ」
 エナが嬉しそうにローランドを見上げた。ローランドが苦笑する。
「俺達も早く行こうぜ。エルドに怒られるよ」
 太陽の光が差し込んできた。出口が近いようだ。


 四人はエナを両親の元へ送り、住民に鉱山の現状を伝えた。もちろん卵の事は伏せて。エルド達は報酬を受け取り宿屋に戻った。ローランドも彼等と同じ宿屋に泊っていた。
「ところで君達は何処に行くつもりなんだい?」
「…クレルモンフェランだ」
 エルドがローランドの質問に答えた。アリスとファーラントがエルドを見た。いつも他人に無愛想なエルドが…。ファーラントは心の中で呟いた。
「クレルモンフェランか…。そうだなここからキセナ草原を通って港町の近くにあるスカビア渓谷を通るといいはずだ。途中まで付き合うよ」
 ローランドの言葉にアリスが強く反応した。申し訳なさそうな表情で彼を見る。
「そんな…いいんですか?」
「君達が迷惑じゃなかったら、の話だけどね」
「大歓迎だよ!でも…」
 アリスとファーラントがエルドを見た。腕組みをして部屋の隅に立っていたエルドが二人の視線に気づき怪訝そうな顔をした。
「…好きにしろ」
 あまり気乗りしない様子でエルドが言った。
「ありがとう、エルド」
 ローランドが嬉しそうに微笑んだ。エルドは皆の感謝の視線を避けるように窓の外を見た。空がオレンジ色に染まり人々の往来が少なくなっている。その時ファーラントのお腹が派手な音を立てて鳴った。三人がファーラントを見た。
「悪い…何か食べに行こうよ…」
 ファーラントは恥ずかしさに顔を赤くして言った。
 

 四人は宿屋の一階にある食堂に行った。食堂はたくさんの人で溢れていたが運良く空席を見つけ四人はそこに座った。店員からメニューを受け取りエルドとアリスはシチューとパン、ファーラントはグラタン、ローランドは魚のムニエルを注文した。しばらくすると料理が運ばれてきた。
「さっきからパンばかり食べていますけど…身体の調子でも悪いんですか?」
 アリスが心配そうにエルドに訊いた。見るとエルドはシチューに手をつけずパンばかり食べている。ファーラントがフォークを動かす手を止め、悪戯っ子のような表情を浮かべた。
「エルドは人参が嫌いなんだよ」
「そうなんですか…?」
「へえ…知らなかったな」
 アリスとローランドがエルドを好奇の目で見た。ファーラントの言うとおり、エルドのシチューには人参だけが浮かんでいる。エルドがファーラントを睨んだ。だがファーラントはそれに気づかず話を続ける。
「いつも威張っているエルドにも弱点があるんだよな。人参とアリ……」
 ファーラントが言いかけた時、エルドの投げたフォークが彼の頬を掠め後ろの柱に突き刺さった。ファーラントは真っ青になり口をつぐんだ。エルドが暗殺者だということを思い出したようだ。
「人参と…アリ…?何でしょうか…」
 アリスがよく分からないと言った顔でローランドに話しかけた。
「それはアリス…君の事だよ…」
 ローランドがアリスに聞こえないように小さい声で呟いた。夕食を終えたエルド達は部屋に戻り休む事にした。


 その夜アリスは眠れずに一人廊下に立ち窓の外の景色を眺めていた。漆黒の空には銀色に輝く月が浮かんでいる。
「眠れないのかい?」
 アリスの背後から声が聞こえた。アリスが振り向くとそこにはローランドが立っていた。
「はい…ローランドさんもですか?」
「ああ。何だか眠れなくてね」
 ローランドが微笑んだ。
「あの…ローランドさん。お願いがあります」
「俺に出来る事なら何でも言ってくれ」
「私に剣を教えてくれませんか?私…もっと強くなりたいんです。お願いします」
 アリスが真剣な眼差しでローランドを見つめた。
「俺なんかでいいのなら喜んで教えるよ。じゃあ、外に行こう」
 アリスとローランドはエルド達を起こさないように静かに宿を出て町外れの森に向かった。


「たあぁぁーーっ!!」
 アリスが剣を握り木に斬りかかった。だが剣は木の太い幹に弾かれてしまう。
「駄目です…手に力が入りません…」
 アリスが肩を落とした。少し離れた所で見ていたローランドがアリスの後ろに立ちアリスの手を取った。
「剣の握り方を変えてみたらどうだろう…。さあ、もう一度やってみて」
 アリスが再び木に斬りかかった。今度は剣は弾かれずに太い幹を両断した。
「出来た…」
「アリス、君には剣の素質があるよ。誰かに教わったのか?」
「はい。私が小さい頃幼馴染みに…」
 アリスが剣を鞘に納めて答えた。疲れたのか肩で息をしている。疲れた様子のアリスを見て、ローランドが優しく微笑んだ。
「少し休もうか」
 二人は近くの木の下に座った。ローランドは顔を上げ空を見つめている。彼の目は物思いに耽っているように見える。
「あの…ローランドさん…」
 アリスがローランドに話しかけた。空を見るのを止め、ローランドがアリスを見た。
「ローランドさんは…その…」
 アリスが頬を赤く染め口ごもった。ローランドは何も言わずにアリスを見ている。
「ローランドさんは誰か好きな人がいるんですか!?」
 アリスの勇気ある質問にローランドは驚き苦笑した。
「…ま…まあ…気になる人はいるけど…」
「どんな人ですか?」
 アリスの質問にローランドは頬を赤くして口ごもった。しばらくしてローランドが話し始めた。
「とても不思議な人なんだ。神秘的っていうのかな…人間じゃないような…そう、神みたいな雰囲気の人なんだ」
「好きなんですか?」
「俺はそう思ってる。けど…彼女の気持ちはわからない」
 朝焼けの光が辺りを照らした。二人が空を見ると東の空が明るくなっている。話している間に夜が明けたようだ。
「そろそろ戻ろうか。エルド達が心配するよ」
「はい」
 二人は立ち上がり並んで宿屋に戻って行った。宿の近くまで来るとエルドが腕組みをして宿屋の前に立っていた。二人に気づき近づいて来た。


「夜遊びに朝帰りとは…いい御身分だな」
 怒りを滲ませた口調でエルドが言った。二人に対してかなり怒っているようだ。
「私が剣の練習をローランドさんに頼んだんです。夜遊びじゃありませんから!」
 アリスがエルドの前に立ち彼を強く見た。今にも喧嘩しそうな雰囲気だ。ローランドが二人をなだめようとした時、白い手袋をした手がエルドの頭を叩いた。
「エルドも素直じゃないなぁ。アリスが心配だったって言えばいいのに」
 いつ来たのかファーラントがエルドの後ろに立っていた。
「エルドはな、アリスとローランドが二人きりだったっていうことが物凄く気になって仕方がなかったんだよ。そうだろ?」
「なっ…違う!!何でこんな奴をオレが心配するんだ!!」
 エルドは真っ赤になって否定した。エルドの言葉にアリスが反応した。
「こんな奴って何ですか!?」
 エルドとアリスはその場で喧嘩を始めた。道行く人が二人を見ながら通り過ぎてゆく。
「…ローランド…どうしよう…」
 ファーラントが泣きそうな顔でローランドに助けを求めた。
「しばらくほっといておこう。すぐに疲れるよ」


 それから数十分後、四人は町を出てキセナ草原に向かって歩いていた。エルドとアリスの口喧嘩はローランドの言うとおりしばらくしたら収まった。エルドは先頭を歩き、アリスとは一言も喋っていない。
「ごめんな、アリス。俺が余計な事を言ったから…」
 アリスの隣を歩いているファーラントが謝った。アリスがファーラントを見上げて微笑んだ。顔は優しく笑っているが空色の瞳は悲しげに曇っている。
「いいんです。全部私が悪いんですから…」
「君のせいじゃないよアリス。俺も同罪だ」
 ローランドの優しく穏やかな声がアリスを励ました。アリスは息を吐き出すとファーラントとローランドの方を向いた。
「もう大丈夫です。二人のおかげで元気になりましたから」
 アリスが元気よく言った。エルドは三人に気づかれないように立ち止り、アリスの背中を見た。絹のように細く、柔らかそうな長い金色の髪がアリスが歩くたびに揺れている。
(どうしてアイツは優しくなれるんだ…?分からない…オレには…)
 エルドは自分でもわからない感情が湧いてくるのを感じた。その感情を抑えてエルドは先頭を歩き続けた。しばらく歩くと鮮やかな緑色の草原が見えてきた。風が草の匂いを運んでくる。道は無く見渡す限り草原が広がっている。
「この道を真っ直ぐ東に行けば港町に着くよ。海の見える方に行けば迷わないから」
 ローランドが指さした方向を見ると青い大きな海が見える。少し距離がありそうだ。アリスがローランドに近づいた。その顔は寂しそうだ。
「ここでお別れだな。楽しい旅だったよ。ありがとう」
「お礼を言うのは私達のほうです。色々助けてもらって…」
 アリスの言葉が途中で途切れた。ローランドがアリスを抱き締めたからだ。アリスの顔が耳まで赤くなった。ファーラントはエルドをちらりと見た。三人から少し離れた場所に立っているエルドは何が起こったのかわからないという顔になっている。
「エルドと仲良くね」
 ローランドはアリスにしか聞こえない声でそう言い彼女の背中を優しく叩いた。アリスは泣きそうな顔で頷きローランドから離れた。ローランドはファーラントと握手をしてエルドにも右手を差し出した。だがエルドは怒ったような顔でローランドを睨むと彼に背中を向けた。ローランドは苦笑すると三人に手を振り歩いて行った。アリスとファーラントはローランドの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
 海の見える方に歩き続けると港町が見えてきた。淡い青色の空と深いコバルトブルーの海が遥か彼方まで続いている。
「あれが海…」
 アリスが溜息混じりに呟いた。草を踏む音が聞こえアリスが振り返るとエルドがアリスの隣に立った。彼と喧嘩をした事を思い出しアリスは気まずくなった。エルドは何も言わずに海を見ている。
「海は初めてか?」
「えっ?ええ…本の絵を見ただけです…」
 エルドの毒舌を覚悟していたアリスは予想外の言葉に驚いた。エルドは海から目を離さず言葉を続ける。
「あの喧嘩はオレが悪かった。…一人で全部背負い込むなよ…」
「エルド……」
 潮の香りを乗せた風が二人を優しく包み込んだ。アリスは自分の心の中にあったエルドに対する気まずさが消えていくのを感じた。
「おーーい!早く来いよ!」
 ファーラントの元気な声が二人を呼んだ。いつもより元気良く聞こえるのは海を見て興奮しているからだろう。エルドとアリスは互いに顔を見あわせ微笑んだ。
「さっさと行くぞ!」
 自分が笑った事が恥ずかしいのかエルドはアリスを置いて先に歩いて行った。アリスも微笑みながらエルドの後を追った。
「アリスと何話してたんだ?エルド君」
「別に…大した事じゃない」
 素っ気無くエルドが答えた。不思議とファーラントのからかいに腹が立たなかった。風が爽やかで心地良い。
 エルドの心は頭上を走る青空のように晴れわたっていた。