Oracle



「寒い、寒い、寒いーーーっ!!」
 ファーラントの声が辺りに木霊した。周りは見渡す限り銀世界で雪が降っている。ファーラントの言うとおりかなり寒い。吐く息が白く見えるほどだ。エルドは後ろを振り返った。エルドの後を少し遅れてアリスが歩いている。
「辛いか?」
 アリスが顔をあげてエルドを見た。アリスは無言で首を横に振った。三人は港町で買った分厚い毛皮のマントを着ているのだがそれでも寒さが針のように身体を刺す。 辛そうな様子のアリスを見てエルドは自分の着ているマントを脱ぎアリスに着せた。アリスが瞬きをしてエルドを見た。
「私は大丈夫です。心配しないで」
「馬鹿。強がるなよ唇が青いぞ。ファーラントは何処だ?白い服を着てるからわからないな…」
 エルドの言葉にアリスは笑った。確かにここスカビア渓谷ではファーラントの白い服はここの景色と同化しわからない。
「エルド!アリス!」
 ファーラントの声が二人を呼んだ。その声はいつもより強張っている。二人は声の聞こえた方向に急いで歩いて行った。声のした方に近づいて行くとファーラントの茶色の頭が見えてきた。木の下に屈みこんでいる。
「こんな所にいたのか。何かあったのか?」
「大変だよ」
 ファーラントが身体の位置をずらした。そこには少年が木にもたれかかりグッタリとしていた。寒さにやられたのだろうかアリスが少年の側に屈みこんだ。
 年はエルドと同じくらいだろう。髪は夜の闇のように黒い。アリスが回復呪文を唱えると少年が目を開けた。驚くことに彼の目は赤と青と左右異なる色だ。少年がぼんやりと三人を見た。
「君達は…?僕は…一体…」
 少年は立ち上がろうとしたがふらついた。ファーラントが少年を支える。
「どうしてこんな所に?」
 アリスが尋ねた。少年が答えようとした時狼の遠吠えのような声が聞こえ魔物が姿を現した。氷のように青い身体をしたウインターウルフだ。三匹いる。じりじりと距離を詰めてくる。三人が武器を構える。
「危ないから隠れてろ」
 エルドが少年に言った。少年は頷き近くの木の陰に隠れた。魔物が叫び声を上げ襲いかかって来た。


「はあっ!!」
 アリスの剣が一閃し魔物の四肢を切断した。四肢を奪われ動けないウインターウルフの喉にエルドの放った矢が刺さった。これであと二匹だ。目を閉じ、精神を集中して呪文の詠唱をしているファーラントに残りの魔物が牙を剥き襲いかかった。
 目を閉じたままファーラントは魔物の牙をかわした。だがもう一匹の牙は避けきれずファーラントの頬に赤い線が走る。
「エクスプロージョン!!」
 凄まじい爆炎がウインターウルフを焼きつくした。ファーラントは息をつきエルドとアリスに親指を立てた。
「君達…強いんだね」
 少年が近づいて来た。足取りはしっかりしている。どうやら体力が回復したようだ。
「僕はザイオン。クレルモンフェランに行こうとしてスカビア渓谷を通ろうとしたんだ。でも準備不足だったのかな。寒さにやられて…」
「そこを俺達が通りかかった訳か…。あ、俺はファーラント。彼女はアリスで目つきの悪いのがエルド。俺達もクレルモンフェランに行くんだ。一緒に行こうよ」
「それがいいですよ!魔物もいるし一人じゃ危険です。エルド、いいでしょう?」
「好きにしろ」
「ありがとう」
 四人は出口に向かって歩き出した。だがザイオンは立ち止り三人が倒した魔物を見下ろしている。まだ息があるらしく微かに動いている。ザイオンが冷たい笑みを浮かべた。見た者の背筋を凍らせるそんな笑みだ。
「まさかこんな所で彼等を死なせる訳にはいかないんでね。それにしてもお前達も愚かだよ。この僕に逆らうなんて…」
 ザイオンが右手を魔物に向けて突き出した。見えない何かに締め付けられ魔物の身体が音を立ててねじれていく。苦しげに声をあげ魔物は絶命した。
「ザイオン?」
 アリスが振り返りザイオンを呼んだ。ザイオンは冷たい笑みを消し三人の方に歩いて行った。
「大丈夫ですか?」
 アリスが心配そうに訊いた。ザイオンはさっきとは違う柔らかい微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。アリスは優しいんだね。この雪のように白い心を持ってるのかな」
 ザイオンの謎めいた言葉にアリスは首を傾げた。
「何だかザイオンって不思議ですね」
「よく言われるよ。ほら出口が見えてきた」
 気づけば雪が止み肌を刺すような寒さもましになっている。暖かい日差しが差し込んできた。クレルモンフェランは近い。彼等は足取りを速めた。
 

 クレルモンフェランは小高い丘の斜面に造られた街だ。白い壁で作られた街並みが美しい。神殿は街の頂上にありそこに行くには階段を上っていかなくてはならない。エルドは体力の無いアリスを心配した。
「お前はザイオンとここで待っていろ。神殿にはオレとファーラントで行く」
「私も行きます」
「僕も行くよ。神託に興味があるんだ」
 エルドは何か言いたげな顔をしたが溜息をつき階段を上って行った。そんなエルドの態度を見てアリスの表情が暗くなった。
「エルドは怒ってないよ。俺達も行こう」
 ファーラントが優しくアリスの肩を叩いた。三人はエルドの後を追った。階段を上っている途中でアリスが座り込んでしまった。寒さの厳しいスカビア渓谷で消耗した体力が回復していなかったのだろう。ファーラントが心配そうにアリスの顔を覗き込んだ。ザイオンも立ち止まりアリスの側に来た。
「ごめんなさい…」
 アリスは立ち上がろうとしたが足に力が入らない。ファーラントがアリスに背中を向けた。
「ほら。俺の背中に乗って」
「え!?でも…」
「ファーラントの言うとおりだよ。無理しないで」
 ザイオンに促されアリスはファーラントの背中に乗った。ファーラントはアリスを軽々と背負い立ち上がった。そしてアリスを背負ったまま階段を上って行く。
「ファーラントさん…私重いですよ…平気ですか?」
「大丈夫だって!それと俺のことは呼び捨てでいいよ」
「…ファーラントは私の幼馴染みの子に似てるんです。彼は貴方とは違う性格だったけど…」
「へぇ…どんな子なのかな。会ってみたいな」
 ファーラントの癖っ毛の茶色の髪を見つめながらアリスは悲しくなった。その幼馴染みの少年はもうこの世にはいない。
「神殿に着いたよ」
 ザイオンの声が聞こえアリスは顔を上げた。
「アリス!?」
 その時驚いた声が聞こえた。聞き慣れた声だ。
「どうしたんだ!?大丈夫か?」
 神殿の前で待っていたエルドが慌てて歩いて来た。アリスを背負っているファーラントを睨む。
「お前…何かしたのか?」
「馬鹿言うなよ!」
「もう大丈夫です」
 アリスは礼を言いファーラントの背中から降りた。アリスは自分が疲れて座り込んでしまいファーラントに背負われて来たのだという事をエルドに説明した。エルドは納得したのかしていないのかそんな顔をした。
「行くぞ」


 エルドが神殿の扉を開けた。神殿の壁は繊細な模様で彩られている。正面には見事な色合いのステンドグラスが太陽の光を受け輝いている。四人が神殿の荘厳さに圧倒されていると神官らしき女性が話しかけてきた。
「ようこそ神託の神殿へ。貴方達も神託を聞きに来たのですか?」
「ああ」
「ではこちらへ」
「そんな簡単にいいんですか?何か許可とか…」
 アリスの質問に神官は優しく微笑んだ。
「神託は誰にでも平等に告げられるのです」
 神官に案内され四人は大きな扉の前に着いた。その扉にも繊細な模様が彫られている。
「ここが神託の間です。どうぞ」


 神官が扉を開け四人は中に足を踏み入れた。四人の背後で扉が閉められ辺りは静寂に包まれた。広間の中心には円形の祭壇があり祭壇の前で神官が祈りを捧げていた。神官が振り向き四人を見た。
「神託を聞きに来た者達よ。何を知りたい?」
「オレ達の成すべき事を知りたい」
 エルドが神託の問いかけに答えた。神官は頷き目を閉じ祭壇に祈りを捧げた。祭壇の上に開いた窓から光が差し込み神官を照らした。神官は目を開けエルド達を見た。その表情はどこか恍惚としているように見える。
「運命に立ち向かいし者達よ。竜を求めよ。竜の力を手に入れ世界樹の下に集うのだ。神の器の邪悪なる願いを阻んだ時純白の魂と引き換えに世界は世界であり続けるであろう」
 神託の言葉の意味がわからずエルド達は顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「…竜はドラゴンオーブのことじゃないかな」
「ドラゴンオーブ?それってミッドガルドを守護する四宝だよな」
「ドラゴンオーブを探せということでしょうか?」
 四人が話していると再び神官の声が響いた。神託の儀式は終わったはず。不審に思った四人が振り向いた。神官がエルドを見つめ口を開いた。
「血を持たぬ王子よ。永い時の向こうでそなたは死者としてこの世に再び蘇るであろう。生者と死者が惹かれあう時世界は再び危機を迎える」
 訝しげな顔をしているエルドから目を離し神官はファーラントの方を向いた。
「竜は夢を見る。自らの意思を継ぐ者を。白き手を持つ者よ、力が欲しければ左手で我に触れよ。新緑の瞳よ、失われし力が欲しければ我を見よ。竜は夢を見る。自らの意思を継ぐ者を」
 言葉を終えると神官は疲れたように肩を落とした。心配してアリスが駆け寄った。
「大丈夫です。神託の儀式はかなりの精神力を使うのです」
 エルド達は神官に礼を言うと神殿を後にした。
「オレ達はドラゴンオーブを探せばいいんだな?」
「でも何処にあるのか…」
「スルス火山洞窟に行くといいよ。冒険者から聞いたんだけど洞窟の奥に神殿のような物があるらしいんだ。僕はここにまだ用があるんだ」
 アリスが寂しそうな顔をしてザイオンの手を優しく握った。その様子を見てエルドが眉を顰める。
「貴重な情報をありがとうございます」
「行くぞ!」
 エルドがアリスの手を引いた。アリスはザイオンに礼をして歩いて行った。ファーラントも慌てて二人の後を追う。途中で振り返りザイオンに手を振った。


 三人の姿が見えなくなるとザイオンの隣に光と共に赤毛の少女が姿を現した。髪と同じ燃えるような赤い瞳でザイオンを見た。
「いいの?彼等を先に行かせて」
「構わない。あの洞窟には厄介な魔物がいる。彼等にゴミ掃除をしてもらおう。エウレカ、僕らはしばらく傍観者になろうじゃないか」
 エウレカと呼ばれた少女が頷いた。
「そうね…私は貴方に助けられた。私は貴方について行くわ」
「そろそろ行こうか」
 ザイオンが呪文を唱えると二人の足下に魔方陣が描かれた。青い光に包まれ二人の姿が消えた。


「不思議な人だったね。ザイオン」
 アリスの前を歩いていたエルドが肩越しに振り向いた。
「その喋り方の方がいいな」
「えっ!?」
 アリスの頬が赤くなった。口元に嬉しそうな微笑みが浮かぶ。エルドは照れたのか慌てて前を向いた。二人の後ろではファーラントが笑っている。その微笑みは二人を優しく見守っているようだ。
「さっさと行くぞ!!ファーラント!笑うな!!」
「何でわかるんだ?まさかお前…後ろに目があるのか!?」
 三人は賑やかに喋りながら階段を下りて行った。
 

 エルド達は街の広場にいた。アリスとファーラントが少し街を見物したいと言ったからである。広場にはたくさんの人がいて賑やかな雰囲気だ。広場の中心には大きな噴水があり時折水を吹き上げている。広場を回っている時、アリスの足が止まった。
「アリス?」
 エルドが足を止めてアリスを見た。アリスの目は噴水を見つめている。
 広場の噴水に一人の青年が座っていた。青みがかった銀髪が太陽の光に照らされ輝いている。海のように深い青い瞳は物憂げに曇り、道行く人々を眺めている。アリスと青年の目が合い、青年が立ち上がった。その顔は驚きに満ちている。
「アリス…!?」
 アリスが呆然と頷いた。青年が早足でエルド達に近づいて来た。息を切らしながらアリスの前に立つ。座っていてわからなかったが、青年は長身だった。
 青みがかった銀色の髪はうなじの所で束ねられ、背中まである。青を基調とした服に、左肩を覆う肩当てという服装だ。アリスが震える手で青年の腕を掴んだ。
「まさか…マ…」
 アリスが喋ろうとした時青年がアリスの唇に指を置いた。アリスの手を取りエルド達から離れた所に連れて行った。エルドは呆然とその様子を見ていた。ファーラントも呆気にとられている。


「どうしたの?」
「アリス…君が生きていたなんて!君をずっと捜していたんだ…」
「私…貴方は死んでしまったと思っていたわ。でも生きていたなんて…」
「でも何故ロゼッタの王子と一緒にいるんだ!?忘れたのか?ロゼッタが私達に何をしたのかを!」
「エルドは私を助けてくれたの。それに彼はあの事件とは関係ないわ」
「しかし……」
「私を信じて。お願い」
「…私も君と一緒に行こう。アリスは信じるが…奴は信用しない。それと私の事はキースと呼んで欲しい」
「うん。キース。さ、エルド達に紹介しなきゃね!」
 アリスは嬉しそうに微笑みキースの手を取った。離れて待っているエルド達の所に行きキースを紹介した。
「彼はキース。私の幼馴染みよ。一緒に来てくれるって。いい…かな?」
「もちろん!俺はファーラント。よろしく!」
 キースは微笑みファーラントと握手した。エルドは面白くないといった表情で見ている。キースも信用していないという顔でエルドを見ている。アリスの顔が暗く沈んだ。そんなアリスの頭をファーラントが優しく叩いて彼女を励ました。
(何だかやばそうな雰囲気だな…。前途多難だな、これは…)
 ファーラントが誰にもわからない溜息をついた。ファーラントの言うとおりエルドとキースの間には張り詰めた空気が流れていた。