For a dragon
キースを仲間に加えた一行はスルス火山洞窟に着いた。所々に溶岩が流れていて洞窟の中の空気はかなり暑い。エルド達は溶岩に気をつけながら奥に進んで行った。
「かなり暑いな…。溶岩に落ちないようにしないと。アリス、大丈夫か?」
よろめきそうになったアリスをキースが支えた。エルドは面白くないといった顔で二人を見ている。
「ああ。そうだな」
エルドが苛々して言った。お前が溶岩に落ちればいいのにという目でキースを見た。キースも嫌悪を滲ませた顔でエルドを睨む。ファーラントが二人を仲裁しようとした時辺りに悲鳴が響いた。
四人が声のした方を向くと少女が魔物に囲まれていた。少女の後ろには溶岩が流れている。魔物に追い詰められ少女は少しずつ後退している。少女を助けに行こうとしたアリスをキースが止めた。
「私が行く。皆は援護してくれ」
短く言うとキースは駆け出した。岩場を身軽に飛び移り魔物の背後に降り立つ。突然の乱入者に驚いた魔物達を次々と倒してゆく。
安心して少女がその場に座り込んだ。その時少女が座っている岩場が音を立てて崩れ落ちた。キースが素早く駆け寄り少女の腕を掴んだ。少女を引き上げているキースに魔物が襲いかかった。それに気づいたエルドが矢を放ち魔物を貫いた。
「キース!!」
アリスがキースに駆け寄った。エルドとファーラントも後に続く。
「怪我をしてるわ…」
アリスが優しく少女の膝に触れた。びくっと少女が身を震わせた。エルドが少女に近づいた。ポケットから傷薬を出して少女の膝に塗る。
「これで大丈夫だ」
アリスとファーラントが信じられないという顔でエルドを見ている。
「ありがとう…」
少女が口を開いた。年は十二、三ぐらいだろう。可愛らしい顔立ちをしていて、オレンジ色の髪に蜂蜜色の目だ。白い猫耳フードのついたマント、ピンクの服を着ている。
「ボクはルルー。助けてくれてありがとう」
「ルルー。どうしてこんな危険な場所に?」
ファーラントが訊いた。
「ボク…記憶が無いんだ。名前しか覚えてないの…。旅人からスルス火山洞窟の奥に神殿みたいな場所があるって聞いて…」
「……子供一人じゃ危険だ。オレ達もその神殿に用がある。オレ達と一緒に来るか?」
ルルーがエルドを見た。嬉しそうに頷く。エルドは先に歩いて行った。エルドの言葉に驚きながらアリス達はエルドの後を追った。
「なあ、キースってエルドのこと嫌いなのか?」
ファーラントが後ろを歩くキースに話しかけた。キースが立ち止まったのを見てファーラントも足を止める。
「…そうだ。私はロゼッタに大切な人達を奪われた。私はロゼッタが憎い。だからロゼッタの王子であるエルドも信用できない。私はアリスを守る為に君達と一緒にいるだけだ」
「エルドもさ変わろうとしてるんだ。エルドとアリスはお互いを大切に想ってるんだ。それだけはわかってほしい」
そう言うとファーラントは歩いて行った。キースは複雑な表情で先を行くエルドとアリスを見つめた。深く息を吐くと皆の後を追い歩き出した。
しばらく歩くと神殿の残骸が残る場所に辿り着いた。どうやらここが火山洞窟の一番奥の場所のようだ。辺りを警戒しながら五人は向こう側に続く橋に近づいた。
アリスが橋を渡ろうとした時エルドが彼女の腕を掴んで引き戻した。驚いたアリスがエルドを見る。
「気をつけろ…。魔物の気配がする」
エルドが警告すると同時に橋を遮るように溶岩の海から魔物が現れた。巨大な魔物で身体は固い岩でできている。
エルドの放った矢は固い岩の身体に簡単に弾かれてしまった。その様子を見たファーラントは目を閉じ呪文の詠唱を始めた。
「クールダンセル!!」
ファーラントが召喚した氷精が魔物を切り刻んだ。魔物の身体が凍っていく。エルドは再び矢を放った。矢は勢いよく魔物の身体に突き刺さった。矢の刺さった部分から音を立てて亀裂が広がっていく。魔物は息絶えたのか溶岩に倒れこみそのまま沈んでいった。
「これで先に進めるな」
キースが安心して息を吐いた。その時轟音が辺りに響き倒したはずの魔物が溶岩の中から出てきた。魔物の身体は灼熱の溶岩に包まれ赤く輝いている。
魔物が両腕を溶岩に叩きつけた。炎を纏った岩が飛び散り雨のようにエルド達に襲いかかった。
「皆!ボクの周りに!!」
ルルーが叫んだ。エルド達は急いでルルーの周りに集まった。ルルーは集中して呪文を唱えている。
「ガードレインフォース!!」
ルルーが叫ぶと同時に緑色の光がエルド達を包むように現れた。溶岩の雨は光に弾かれ地面に落ちていく。
「あの魔物はエヴォルプ…。この火山洞窟の主のようだな」
キースが冷静に言った。エルドは矢筒から矢を取り出してキースを見た。
「奴の弱点は…」
「氷」エルドとキースが同時に言った。
「ファーラント!頼んだぞ!」
エルドの言葉にファーラントは頷いた。目を閉じ再び呪文の詠唱に入る。溶岩の雨が無くなりルルーは結界を解いた。
エルドが放った矢はエヴォルプの溶岩の身体の熱で溶けてしまう。アリスとキースも剣が溶けてしまうことを恐れ攻撃できずにいる。このままだとエルド達は体力を削られやられてしまう。
「皆!魔物から離れろ!!」
ファーラントの声が響いた。エルド達は急いでエヴォルプと距離をおく。エヴォルプはエルド達を追いかけゆっくりと近づいてくる。
「グラシアルブリザード!!」
鋭い氷の刃がエヴォルプを貫きその身体を凍らせてゆく。だがエヴォルプは凍っていく足を動かし近くにいたルルーに向けて振り下ろした。呪文を使い疲弊したルルーは動けなかった。
(ボク…死ぬの!?)
ルルーは目を瞑った。その時固い金属音が聞こえルルーは閉じていた目を開けた。長い銀色の髪がルルーの目の前で揺れている。
「キース!?」
キースが剣でエヴォルプの巨大な足を受け止めていたのだ。苦しそうに顔を歪め必死に堪えているが少しずつエヴォルプの怪力におされていく。
「ルルー!早く…逃げるんだ!長くは…もたない…!」
「でも!!キースが…!!」
キースの剣が嫌な音をたて始めた。このままだと剣が折れ二人は潰されてしまう。エルドは唇を噛んだ。ファーラントの体力はもう限界だ。エルドはアリスの方を見た。
「アリス、剣を貸せ」
「えっ!?」
「早く!」
アリスは頷き剣をエルドに渡した。エルドは剣を受け取ると走り出した。剣を構え二人を押し潰そうとしているエヴォルプの足を両断した。凍結したエヴォルプの足はガラスが割れるような音をたてて地面に落ち砕け散った。あれが最後の抵抗だったのかエヴォルプは地面に倒れ、そのまま動こうとはしなかった。
激しく息をしながらキースが地面に座り込んだ。一分でもエルドの援護が遅れていたら、剣は折れ自分とルルーは潰されていただろう。キースは立ち上がりルルーに手を貸し立たせるとエルドの方に歩いて行った。エルドはアリスに剣を返している。
「エルド」
キースが呼びかけるとエルドが振り向いた。
「…ありがとう。礼を言う」
短い言葉だがその声に嫌悪は無かった。キースは複雑な表情でエルドを見ている。
「礼なんていらない。行くぞ」
素っ気無く言うとエルドは橋を渡って行った。エルドの後ろ姿を見ているキースにアリスが話しかけた。
「気にしないで…エルドは照れてるのよ。キース、お願い。エルドを憎まないで彼はロゼッタの王子だけどあの事とは関係ないの」
「仲良いな、二人とも。エルドが嫉妬するよ」
ファーラントが空気を和ませるように明るく言った。だが顔色が悪く、かなり疲れているようだ。
「嫉妬…か。なるほど、アリスとエルドはそういう関係なのか」
「ち…違うわっ!!キースの馬鹿っ!」
キースは微かに微笑むと橋を渡って行った。ルルーがアリスの服を引っ張った。蜂蜜色の目は面白そうに輝いている。
「そうなの?アリス。エルドとラブラブなんだね?よかった!」
アリスの顔がすぐ横を流れる溶岩のように赤くなった。
「はっ…早く行きましょ!!」
三人は溶岩に気をつけながら橋を渡った。エルドは祭壇のような物を調べている。かなり昔の物なのだろう祭壇の所々に細かい亀裂が走っている。
「ここにドラゴンオーブがあったのかな」
ファーラントが祭壇に触れたその時、ファーラントの身体が一瞬震えた。緑の瞳が驚いたように虚空を見つめている。ファーラントの唇が動いている。まるで誰かと話しているようだ。
その場に立ち尽くしているファーラントを不審に思い、エルドは彼に近づきその肩を叩いた。ファーラントがゆっくりと振り向いた。
「どうした?何かあったのか?」
「…ここにはドラゴンオーブは無いみたいだ。祭壇に微かな魔力を感じるけど、どこか別の場所に運ばれたんだ」
「どうしてわかるの?」
アリスの問いにファーラントは戸惑ったように俯いた。
「わからないんだ。祭壇に触ったらいきなり頭の中に声が聞こえてきて…」
「疲れてるんだろう。ここに無いのなら次は何処に行けばいいんだ?」
「ここから東に遺跡がある」
キースが短く言った。エルドは頷くと来た道を戻って行った。アリス達もエルドの後を追って行った。ファーラントはしばらく祭壇を見つめていた。
「頭の中に聞こえた声…どこかで聞いたような……」
ファーラントは何かを思い出すように考え込んでいた。だが何も思い出せなかったのか、諦めたように溜息をついた。祭壇に背を向け早足でその場を後にする。
言いようのない不安をファーラントは感じ始めていた。
スルス火山洞窟から少し離れた崖の上に少年と少女が立っていた。少年の色の異なる瞳には遺跡に向かうエルド達が映っている。
「どうやらあそこには無かったようだね。彼等に任せて正解だったな、無駄な力を使うところだったよ」
赤い髪の少女が少年を見た。赤い髪が風に揺れ炎のようにゆらめいた。
「…これからどうするの?ザイオン。貴方にはあまり時間が残されてないはず」
「そう…だったね。エウレカ、わかっているよ。僕にはあまり時間が残されていない。彼等は何処に向かっている?」
「あの方角だと…クローサス森林遺跡だわ」
ザイオンの口元に笑みが浮かんだ。
「エウレカ。君は彼等の後をつけろ。遺跡にオーブの有無がわかったら僕に知らせるんだ。無ければ僕と君はあの場所に行く。遺跡にあれば彼等から奪い取る」
エウレカが頷いた。彼女の足下に魔方陣が現れエウレカは姿を消した。
「僕に与えられた時間は長くはない…」
自分に言い聞かせるようにザイオンは呟いた。黒い光に包まれザイオンは消えた。