For a dragon the second movement
エルド達は激しい雨の中遺跡を探索していた。スルス火山洞窟を出た頃は天気は良かったのだが、遺跡に近づくにつれ天気が悪くなっていった。クローサス森林遺跡に着いたころには雨が降り始めていた。
「ううー。服に張り付いて気持ち悪いよう……」
泣きそうな声でルルーが言った。雨のせいなのか空気は湿気で覆われている。
「火山洞窟もきつかったけど、ここも辛いな。服の中までずぶ濡れだよ」
「本当。風邪をひいてしまいそう…くしゅんっ!!」
アリスのくしゃみに反応したのかエルドが歩いて来た。
「大丈夫か?」
「平気。ありがとう心配してくれて」
何かに気づいたのかファーラントがエルドに声をかけた。
「エルド」
「何だ?」
「お前、色っぽいよ」
ファーラントの言った言葉の意味がわからずエルドは眉を顰めた。アリスとルルーを見ると二人は納得した顔をしている。
「本当だ。エルド、アリスより色っぽいよ」
「お前ら何言ってるんだ?雨に打たれておかしくなったのか?」
アリスはエルドをじっと見ていた。雨に濡れて黒い服が華奢な身体に張り付きエルドの身体の線がはっきりとわかる。
(エルドって男の子なのに私より綺麗かも…色も白いし…目も大きいし…華奢だし…腰、私より細いかな…痩せてるけど筋肉とかちゃんとついてそうだし…)
「アリス?」
アリスが我に返るとエルドがアリスを見ていた。長い睫毛に縁取られた紫の瞳がアリスを見つめている。エルドの後ろではファーラントが頭を押さえて蹲っている。ファーラントの言葉の意味に気づいたエルドに殴られたのだろう。
「顔が赤いな…熱でもあるのか?」
「ええええっと…大丈夫!!」
アリスが慌ててエルドから離れた。辺りを見回していると先の様子を見に行っていたキースが戻って来た。顔を赤くしたままアリスがキースに駆け寄った。
「キース!どうだった?」
「奥へと続く道があるにはあるんだが…道が無いんだ」
「どういうことだ?」
「見ればわかる。こっちだ」
キースについて行くと、そこには確かに道が無かった。進もうと思えば進めるのだが毒沼が広がり先に進めない。
「困ったな。これじゃ進めないよ」
「皆!これ見て!」
ルルーがエルド達を呼んだ。ルルーが柱を指差した。柱には文字が刻まれている。
「…文字…かしら。読めないわ」
ファーラントが柱に近づき、文字をじっと見つめた。
「…竜を求めし者よ、石を捧げよ。さすれば道は開かれん…って書いてあるぜ」
「わかるのか?」
エルドがファーラントを見た。無言でファーラントは頷いた。彼の顔は不安気に曇っている。それ以上は訊かず、エルドは辺りを見回した。遺跡の奥に続く道は二つに分かれている。
「道が二つに分かれているが…どうする?」
キースがエルドを見た。火山洞窟で見せた激しい嫌悪感が和らいだように見える。
「…二手に分かれて探索したほうがいいと思う」
「でも…危険だわ。皆で探したほうがいいわ」
ファーラントの提案にアリスが反対した。エルドは考えた。確かにファーラントの考えは危険だ。ここには凶暴な魔物がいるのかもしれない。だが、効率よく石を探すにはファーラントの考えが正しいだろう。
「…オレ達にはあまり時間が無い。危険だが二手に分かれたほうがいい」
エルドがゆっくりと言った。アリスはしばらくエルドを見つめていた。やがて諦めたかのように溜息をつき頷いた。
「決まりだな!俺は右の道に行くよ」
ファーラントが快活に言った。エルドは眉を顰めファーラントを見た。
「オレも右に行く。皆は左の道に行ってくれ」
「…うん。わかったわ。ルルー、行きましょう」
アリスの空色の瞳が一瞬寂しげに伏せられた。アリスはルルーと一緒に左の道へ歩いて行った。
「キース」
エルドがアリス達の後を追おうとするキースを呼び止めた。背中まである銀色の髪を揺らし、キースが振り返った。
「アリスを…二人を頼む」
エルドの真剣な眼差しを正面から受け止め、キースは頷いた。そして踵を返すと左の道へ歩いて行った。
「…何で俺と一緒に行くって言ったんだ?アリス達と行けばいいのに」
「右の道から何かを感じたんだろ?さっきのお前はいつもより元気すぎだ。何か隠していると思ったんだよ」
「…ちぇ、鋭いなぁ、お前は」
ファーラントは照れたように頭を掻いた。右の道は足場が悪く、ぬかるんだ土に足をとられながら二人は先に進んで行った。しばらく小道を歩くと、広い道に出た。ファーラントが急に足を止めた。
「どうした?」
「…悲鳴が聞こえたんだ…こっちだ!」
ファーラントが走りだした。エルドも後を追う。広い沼が見えてきた。目を凝らして見ると、沼の中に人がいる。誤って沼に落ちたのだろうかどうかはわからないが、身動きがとれないようだ。
ファーラントが沼に飛び込んだ。泥をかきわけ人に近づく。白い服が泥で汚れていく。
「大丈夫か!?……お…女の子!?」
ファーラントが驚いた声を上げた。沼にはまっていたのは少女だったのだ。
「俺に掴って!」
少女は頷きファーラントの腰に腕を回し、しがみついた。エルドが手を貸し二人を沼から引き上げる。エルドは疲れたように息をしている少女を見た。自分やアリスと同い年ぐらいだろう。火のように鮮やかな赤い髪と瞳だ。
「君、名前は?どうしてこんな所に?」
優しい笑顔でファーラントが尋ねた。少女はびくっと肩を震わせて彼を見た。ファーラントは優しく少女を見ている。安心したのか少女が口を開いた。
「私はエウレカ…道に迷ったんです。足を踏み外して沼に落ちてしまって…」
エルドは訝しげにエウレカと名乗った少女を見た。
「道に迷った?こんな危険な遺跡に迷いこむ馬鹿がいるのか?」
「エルド!家まで送ってやろうぜ。女の子一人じゃ危ないよ!」
「馬鹿かお前は!簡単に人を信用するな!」
二人はその場で口論をはじめた。エウレカは座り込んだまま二人を交互に見ている。
「あの……遺跡の出口まででいいです…」
「これなら文句ないだろ!?」
ファーラントが勝ち誇ったように言った。エウレカに手を貸し立たせてやる。溜息をつき、エルドは何気なく沼を見た。何か光る物が見える。
「おい、ファーラント」
「何?」
「もう一度沼に入れ」
「はぁ!?何でだよ……!?」
エルドがファーラントを突き飛ばした。ファーラントの抗議の声は彼が沼に落ちた音でかき消された。エウレカは呆然と見ている。
沼の底についたファーラントの手が固い物を探り当てた。それを掴み、持ち上げてみるとそれは透明に輝く石だった。
「石だ…」
ファーラントが沼から上がって来た。全身泥まみれだ。泥のついた顔で嬉しそうに微笑む。
「やったな!これで先に進めるぞ!」
エウレカがポケットからハンカチを取り出し、ファーラントの顔についた泥を優しく拭いた。ファーラントの顔が驚いたようになった。エウレカの手からハンカチを取ると、彼女の顔を同じように優しく拭いた。
「可愛い顔が台無しだよ。ほら、これできれいになった」
エウレカの顔が彼女の髪のように赤くなった。そんな二人を見ていたエルドは急かすように声をかけた。
「ほら、行くぞ!アリス達が心配だ。早く合流しよう」
「アリスが心配なんだろう?」
「うるさい!」
からかうようなファーラントの口調にエルドはムッとした。図星だからだ。アリスの事が心配でたまらない。泣いてはいないだろうか。怪我はしていないだろうか。魔物に襲われてはいないだろうか。様々な思いが次から次へと湧いてくる。
「アリスなら大丈夫だよ。キースが側にいるからさ」
ファーラントが安心させるようにエルドの肩を叩いた。
「…ああ、そうだな」
そうだ。アリスの側にはキースがいる。彼女の幼馴染みであるあの銀色の髪の青年が。あの深い青の瞳はいつもアリスを見守っているのだ。そう考えると、エルドは何故かイライラするのだった。
左の道に進んだアリス達はまだ石を見つけられずにいた。それらしき物は無く、周りには森が広がっているだけだ。雨も止まず降り続けている。アリスの後ろを歩いているルルーがアリスの服を引っ張った。
「ね、アリス。ボク達濡れてるのにキースは全然濡れてないよ」
「え?そうなの?」
ルルーの言葉を聞き、アリスは先頭を歩いているキースを見た。キースは剣を抜き二人を守るように前を歩いている。よく見るとルルーの言うとおりキースは濡れていない。アリス達と同じく雨に打たれているはずなのに服も髪も乾いたままだ。
「何だろ、変な柱があるよ」
ルルーが前を指差した。ルルーの声が聞こえたのか、キースが立ち止まった。見ると少し先に柱のような物がある。全体に細かい紋様が刻まれてある。
「何かな、これ。ドラゴンオーブの手がかりかな?」
ルルーがもっとよく見ようと柱に近づいた。その時、彼女の頭上で閃光が走った。激しい音が鳴り雷が柱目がけて落ちてきた。キースが素早く駆け寄り、ルルーを地面に押し倒した。その直後、雷が柱に落ちた。辺りに焼け焦げたような匂いが漂う。
「キース!ルルー!」
アリスが二人に駆け寄った。ルルーは放心した表情で自分を守るように抱き締めているキースを見上げた。幸い、二人に怪我はないようだ。
「ありがとう…。キースに助けられたのはこれで三回目だね」
ルルーが照れたように言った。キースは厳しい顔つきになり、ルルーを強く見た。
「少しは慎重に行動したらどうだ!?ここは知らない場所なんだ!何が起こるかわからないんだぞ!?」
キースのいつもとは違う激しい口調にルルーが驚いた。蜂蜜色の目が潤み、涙が滲む。彼女の涙を見て、キースは冷静さを取り戻した。
「すまない…怒鳴ってしまって…」
「ごめんなさい…」
「ほら、二人とも立って!泥だらけになるわよ。ルルー、これからは気をつけるのよ!?」
アリスが明るく言った。アリスの笑顔につられてルルーが笑った。その時、立ち上がったキースが剣を構え、二人を守るように前に出た。
「キース?」
「…気配がする…魔物だ…こっちに来るぞ」
アリスは耳を澄ました。地響きに似た足音が近づいて来る。足音からすると、かなり大きい魔物のようだ。アリスは剣を抜き、キースの横に立つ。キースがアリスを見た。深い青の瞳が心配そうに曇る。
「アリス!危険だ!ここは私に任せて君はさがっていろ!」
「私だって戦えるわ!平気よ!」
足音が近づいて来る。前方の道から魔物がゆっくりと姿を現した。見上げるほどの巨体に、不気味に蠢く触手が何本も生えている。その魔物はアリス達を認識したのか、アリス達の方へと近づいて来る。
「何あいつ…気持ち悪いよぅ…」
ルルーが怯えたように後ずさりした。魔物の不気味な姿にアリスも恐怖を感じた。剣を握る手が微かに震える。震えるアリスの手にキースの手が優しく触れた。
「やはり君には無理だ。ルルーと一緒に隠れているんだ」
キースの言葉がアリスの頭の中に重く響いた。エルドがここにいたら何と言うだろうか。キースのように隠れていろと言うのだろうか。エルドの顔を思い出すと、何故か震えが止まった。
「大丈夫よ」
「しかし…」
「守られてるだけじゃ…嫌なの」
強い意志の宿った目でアリスはキースを見た。何も言わずにキースが頷いた。魔物に向かって二人は駈け出した。
「ええいっ!!」
アリスの剣が魔物の触手を切断した。重い音を立てて、触手が地面に落ちた。魔物が叫び声を上げた。痛みに耐えているかのように、身をよじらせる。
(これならなんとか…!)
「アリス!後ろだ!!」
キースが叫んだ。アリスが振り向くと、彼女が切断したはずの触手が再び魔物の身体から生えている。その光景に驚き、アリスの動きが止まった。その瞬間、魔物が触手をアリス目がけて振り下ろした。触手を避けることができず、アリスは弾き飛ばされた。地面に叩きつけられ、一瞬目の前が暗くなる。
「う……」
アリスが呻いた。暖かい光を感じ、目を開ける。ルルーが傍らに屈みこみ、回復呪文をかけている。
「アリス!!」
キースが触手を避けながら叫んだ。その時、ぬかるんだ地面に足を取られ、キースはバランスを崩した。魔物が喜んだように声を上げた。キースの身体に触手が絡みつき、動きを封じた。
「キース!!」
ルルーが悲鳴を上げた。アリスは起き上がろうとするが、痛みが邪魔をして起き上がれない。
触手に身体を締め付けられ、キースは身動きがとれない。剣を握った右腕も動かない。首を絞められ、呼吸ができない。キースの意識が遠くなった。
(今私が死んだら…誰が二人を守るんだ?)
閉じた目の中で青い光が煌めいた。心臓の鼓動の音が、頭の中に響く。
(そうだ…私には、まだこの力がある…)
キースの腕が力を失い垂れ下がった。アリスが悲痛な叫び声を上げた。アリスが起き上がった。痛みに耐え、キースに駆け寄ろうとしたその時、青い光が辺りを包んだ。その青い光はキースの胸、心臓の辺りから出ている。
光を浴びた雨が鋭利な氷の刃となり、魔物に襲いかかった。魔物が叫んだ。再生する暇を与えず、氷の刃は魔物の身体を切り刻んでゆく。魔物は倒れ、動かなくなった。キースは地面に投げ出され、動かない。
「キース!!!」
アリスがキースを抱き起こした。かなりきつく絞められたのだろうか、首には青紫色の痣が濃く浮き出ている。キースが目を開けた。苦しそうに息を吐く。
「アリス…ルルー…無事か?」
「ええ…大丈夫よ」
ルルーが泣きながら回復呪文をかけた。キースが優しく頭を撫でてやると、ルルーはキースにしがみつき、泣き出した。アリスも泣きながら、キースにしがみついた。キースは驚き、困った顔で泣きじゃくる二人を見下ろした。しばらくすると、二人はキースから離れた。
「何かしら…あれ…」
アリスが魔物の死体に近づいた。屈み、何かを拾い上げる。見るとそれは透明な石だった。石を二つ拾い、大事に胸に抱える。
「これで先に進めるわね」
「愛しのエルド君とまた会えるねー」
ルルーがアリスをつついた。アリスの顔が真っ赤に染まった。その拍子に抱えていた石を落としそうになる。
「さあ、戻ろう。彼等と合流しないと」
元気になったキースが先頭を歩いて行く。その背中を見て、アリスは安心した。ルルーも嬉しそうに鼻歌を歌っている。
(エルド…大丈夫かな)
思えばエルドとはいつもと言っていいぐらい一緒にいた。エルドはアリスの隣を歩き、アリスはエルドの隣を歩いて来た。こんな風に離れてしまうと、何か大事なものを失くした、心に大きな穴が空いたような、そんな感覚に襲われる。エルドも同じように感じているのだろうか?
(もうすぐ…会えるかな)
そう思うと、アリスの口元が自然にほころんだ。
(早く会いたいな)
エルド達は二つに分かれた道の前で待っていた。しばらく待つと、左の道からアリス達が戻って来た。三人に気づくと、エルドは早足でアリスの所に行った。アリスもエルドの側に駆け寄る。二人は口を開き、同時に同じ言葉を喋った。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「大丈夫?怪我はない?」
エルドとアリスは瞬きし、顔を見合わせた。二人は照れたように微笑んだ。
「貴女は?」
アリスがエウレカに気づき、声をかけた。ファーラントの隣に立っているエウレカはアリスに歩み寄り、挨拶をした。
「エウレカといいます…道に迷って沼にはまっていたところを二人に助けてもらったんです」
「私はアリス。よろしくね」
「あのお二人も仲間…ですか?」
キースとルルーを見て、エウレカが訊いた。アリスは頷き、キースとルルーを彼女に紹介した。
「アリス、石は見つかったのか?」
「ええ。ちゃんと見つけたわ」
アリスは頷き、二つの石をエルドに見せた。透明な石は内側から淡い光を放ち、輝いている。
「じゃあ、あの柱に嵌め込みに行こうぜ!」
ファーラントが明るく言った。
柱に空いた三つの窪みに石を嵌め込むと、地響きにも似た音を立てて橋がかかった。橋を渡ると、そこには火山洞窟にあった祭壇とよく似た物があった。だが、祭壇には何もなかった。
「…魔力は感じるけど…また何処かに運ばれたみたいだよ」
祭壇から手を離し、ファーラントが言った。エルドの表情が曇る。
「…くそっ、どうすればいいんだ?」
彼等の落胆した様子を見ていたエウレカが口を開いた。
「この遺跡から北東に行った所に竜の墓場という地下洞窟があります。そこを抜ければ、奉竜殿という場所に着きます。もしかしたらそこに…」
「奉竜殿か…。行ってみる価値はあると思うが…」
キースが判断を仰ぐようにエルドを見た。他の三人もエルドを見る。いつの間にか、エルドがリーダーになっているようだ。
「オレは…このままその奉竜殿に行った方がいいと思う。…皆はどう思う?」
エルドの提案に全員が頷いた。