Person in succession to the will of the dragon



  エルド達はエウレカを出口まで送り、彼女と別れた。目指すは奉竜殿に続く竜の墓場だ。エウレカの話によると、二日程で着くという。エルド達は一日半で着いた。目の前に暗く、大きな穴が広がっている。微かに潮の香りが漂ってくる。
「足場が悪いな…。皆、気をつけろよ」
 エルドが警告した矢先、アリスが足を滑らせた。アリスは悲鳴を上げ、咄嗟に手を伸ばした。その伸ばした手を細いが、力強い指が掴んだ。エルドは慎重にアリスを引き上げた。
「ありがとう…」
 お互いの目を覗きこめる程、二人は近づいていた。その事に気づき、エルドは頬を赤くしてアリスの手を離し前へ戻って行った。エルドの指の温もりがアリスの手にしばらく残った。
 キースはファーラントが顔を顰めて立ち止まっているのに気づいた。ルルーもそんな彼の様子に気づき、足を止めた。
「ファーラント?大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「何でもないよ。少し頭痛がするだけだから」
 ファーラントが元気よく言った。キースには彼が無理に明るく振る舞っているように見えた。火山洞窟や森林遺跡の時よりも顔色が悪いように見える。
「ファーラント…何か隠してるような気がする」
 ルルーが心配そうに言った。蜂蜜色の目は前を歩くファーラントの背中を見つめている。
「ああ。私もそう思う。心配だな…」
 淡い黄色の光が前方の道から差し込んでいる。どうやらあの先に奉竜殿があるようだ。エルド達は慎重に足を踏み入れた。
「ここが奉竜殿?」
 アリスが呟いた。遥か昔からここに存在している、そんな雰囲気を感じる。所々にドラゴンオーブを模したオブジェが飾られてある。先に進もうとしたその時、エルド達は頭に異様な感覚を感じた。
『ようこそ。神聖なる奉竜殿へ。君達をとっておきの場所へ案内してあげるよ』
 エルド達の頭の中に聞き覚えのある声が響いた。足下に魔方陣が現れ、視界が白い光に包まれ何も見えなくなった。眩しさが無くなり目を開けると、エルド達は見知らぬ場所にいた。
 そこはかなり広い大広間のような場所だった。目の前にある壁が大きな音を立てて開いた。辺りに腐った死体のような匂いがたちこめる。壁の向こうにいたのは巨大な竜だ。だが、その身体は腐っている。
「あれは…ドラゴンゾンビ!!気をつけろ!奴は手強いぞ!!」
 キースが警告した。ドラゴンゾンビが咆哮を上げた。


 アリスとキースが剣を構え走り出した。エルドも二人の後に続く。後ろから、ルルーの声が響いた。
『堅き守りの力よ、我らに加護を!ガードレインフォース!!』
 エルド達を淡い光が包んだ。ドラゴンゾンビが巨大な爪を振り下ろした。エルドは横に転がるようにそれを避けた。起き上がると同時に矢をつがえ、二本同時に射る。矢はドラゴンゾンビの前脚に突き刺さった。
「はあっ!!」
 アリスの剣がドラゴンゾンビの翼を切り裂いた。翼を傷つけられたことに怒ったのか、ドラゴンゾンビが怒りにも似た叫び声を上げた。口を大きく開け、黒に近い緑色の息を吐いた。硫黄のような匂いを含んだ息がアリスを襲った。
「アリス!」
 あの息はおそらく猛毒を帯びた息だ。エルドは大きく息を吸い込むと、アリスを覆っている煙の中に飛び込んだ。煙を吸い込まないように左手で鼻と口を覆いながら、エルドはアリスを捜した。右手がアリスの腕を掴んだ。そのまま引っ張り、アリスを抱えエルドは飛び出した。少し吸い込んだのだろうか、身体が痺れて動かない。
「エルド!しっかりして!!」
 泣きそうな顔でアリスが叫んだ。ルルーが駆け寄り、回復呪文を唱える。
 キースが跳び上がり、ドラゴンゾンビが放った尻尾の一撃をかわした。そのままドラゴンゾンビの背中に乗り、手にした剣を深く突き刺した。
「ファーラント!今だ!!」
 地面に降りたキースがファーラントに言った。ファーラントは頷き、呪文の詠唱に入る。ファーラントの足下に現れた青緑色の魔方陣が輝いた。
『煌めけ、蒼き雷よ!彼の者の耳に天罰という音を響かせよ!ライトニングボルト!』
 轟音が響き、雷がドラゴンゾンビの背中に刺してある剣に降り注いだ。目も眩むような閃光が走り、ドラゴンゾンビは動かなくなった。
「倒したの…?」
「そうらしいな」
 身体の痺れから解放されたエルドは立ち上がり、ドラゴンゾンビの死骸に近づいた。その側に小さな丸い宝石が転がっていた。
「何だ?これは…」
 魔物が出て来た壁の向こうに女性を模した彫像があった。額に穴が空いてある。エルドが持っている宝石と同じ大きさだ。
「嵌めてみろよ。何かあるかも」
 ファーラントが言った。エルドは額の穴に宝石を嵌めた。すると音を立てて、行き止まりかと思われていた壁が開いた。全員が息を呑んだ。
 その先には、鈍い黄金色に輝くオーブがあった。


 繊細な彫刻が彫ってある台座の上にドラゴンオーブは浮いていた。オーブはエルド達を試すかのように、神々しい光を放っている。
「これが…ドラゴンオーブ?」
 ファーラントが吸い寄せられるように台座に近づいた。オーブに触れようと手を伸ばす。エルドは胸騒ぎを覚えた。彼に近づき、腕を掴んだ。
「馬鹿。無闇に触るな。これは四宝の一つなんだぞ?」
「大丈夫だよ。ちょっと触ってみるだけだよ!」
 ファーラントは笑い、自分を心配そうに見るエルドの顔を見た。向きを変え、オーブの上に手を置いた。その時、あの声が頭の中に響いた。
『我はお前が来るのを待っていたぞ。ファーラントよ!!』
 ファーラントの心臓の鼓動にあわせてオーブが明滅を始めた。オーブから白い光が放たれ、ファーラントを包んだ。ファーラントは眩しさに耐えきれず目を閉じた。


「う…一体何が起きたんだ?」
 目を開けたファーラントは驚いた。彼の目の前に広がっていたのはドラゴンオーブがある場所ではなく、ファーラントの愛する故郷ラッセンだった。だがそこに人々の姿はなく、いつも耳にする活気に満ちた声は聞こえてこなかった。
 人の気配を感じ、ファーラントは素早く振り返った。ファーラントの顔が衝撃に満ちた。何故なら、そこにいたのは……。
「ソ…ソフィー様…?」
 絞り出すようにファーラントが言った。透けるように輝くプラチナブロンドの長い髪。滑らかな白い肌。そして、エルドと同じ深い光を宿した紫色の瞳。彼女の名前はソフィー。今は亡きエルドの母親だ。
「嘘だ…貴女は死んだはず…。どうしてここに…?」
 ソフィーと思われる女性が静かに口を開いた。
『私はお前の知るソフィーではない。私はドラゴンオーブだ。お前と話がしやすいように、お前の記憶に残っている人間の姿を借りているだけだ』
「何で…俺をここに呼んだんだ!?一体何が目的なんだ!?」
 誰にも知られていない自分の心の中の神聖な場所を汚されたような気がして、ファーラントは激しい憤りを感じ、叫んだ。ソフィーの姿をしたドラゴンオーブが笑った。
『私はお前を選んだのだ。私はお前がこの世に生まれ落ちた時、決めたのだ。私の意思を継ぐ者として』
「何訳わかんないこと言ってんだよ!意思を継ぐ者!?何だよそれ!!」
 ドラゴンオーブがファーラントを見つめた。ソフィーの姿をした者に見つめられたファーラントは動揺した。
『お前はわかっていたはずだ』
 ラッセンの街が溶けるように消えていった。二人を黒い空間が包んだ。光がないのに、ドラゴンオーブの姿がはっきりと見える。
『火山洞窟で私がお前を呼んだ時、お前は気づいたはずだ。あの神託が自分を指していることを』
 ファーラントは俯いた。白き手、新緑の瞳。神殿で神託を聞いた時、それは自分を指しているような気がした。火山洞窟で声が聞こえた時、その考えは確信にへと変わった。
「何で…俺を選んだんだ?俺は只の人間だぞ?」
『お前は力を求めている。この女性と交わした約束を守るために』
 ファーラントの身体が驚いたように震えた。どうしてこいつがあの約束を知っているんだ?
「…俺の記憶を読んだんだな」
 ファーラントが怒りを抑えるように大きく息を吐いた。ドラゴンオーブは無言でファーラントに右手を差し出した。
『力が欲しいのならば私の手を取るがいい。そうすれば、お前は失われた力を得ることができるぞ。だが覚えておけ。力を得た代償は大きいぞ』
 ファーラントは迷った。代償という言葉が胸にひっかかる。ファーラントはソフィーと交わした約束を思い出した。
 約束を守るには今より強くならなければならない。
 頭の中に エルドの顔が浮かんだ。ファーラントの唇が少しほころんだ。
(ソフィー様。俺は貴女との約束を忘れたことはありません。だから…安心して眠って下さい…)
 ファーラントはドラゴンオーブを見た。その目に強い決意の光が宿っている。
「俺は力が欲しい!皆を守り抜く力が!!」
 ファーラントは左手を伸ばし、ドラゴンオーブの右手を取った。ドラゴンオーブは目を閉じ、彼の手を強く握った。触れあった手から強い力が流れ込んでくる。
 恍惚とした表情を浮かべて、ファーラントは目を閉じた。眠りに落ちていく時のように、意識が遠くなっていく。
『忘れるな。私はいつもお前を見守っているぞ』
 ドラゴンオーブの声が頭の中に響いた。ファーラントは頷いた。わかった、と言おうとしたが、それは言葉にならず暗闇の中へと溶けていった。
(…ト…ファーラント!!)
 懐かしい声が自分を呼んでいる。この声はエルドだ。


 ファーラントは目を開けた。目の前にエルドの心配している顔があった。
「何ボーッと突っ立っているんだ?」
 ファーラントは驚いた。何時間も経ったと思っていたからだ。だが実際には、心臓の鼓動が一回鳴る間に全てが終わっていた。
「あ…あれ?ラッセンは?ドラゴンオーブは?」
「何寝ぼけているんだ?ドラゴンオーブはお前の後ろにあるぞ?」
 エルドが呆れた顔でファーラントを見た。振り向くと、後ろにはドラゴンオーブが台座の上で輝いていた。気のせいだろうか、さっきよりも輝きが弱まっているように見える。
「これがドラゴンオーブか…」
 エルドがドラゴンオーブを手に取ろうと、手を伸ばした。その時、辺りに声が響いた。
『君達人間の汚れたその手でドラゴンオーブに触れないでほしいな』
 エルド達は弾き飛ばされ、床に転がった。床に魔方陣が描かれ、青い光と共に彼等のよく知る少年が現れた。夜を思わせる漆黒の髪に、赤と青の瞳。スカビア渓谷で出会った少年、ザイオンだ。


「ザイオン…?何で貴方が…?」
 ザイオンの隣に現れた少女を見て、エルド達は驚いた。
「エウレカ!?」
 ファーラントが叫んだ。彼等の驚く様子を見てザイオンは笑った。台座に歩み寄り、ドラゴンオーブを手に取った。
「感謝するよ、君達が道案内をしてくれたおかげで僕達はここまで楽に来れたよ。…これで僕の目的を果たすことができるよ」
「…お前は…何者なんだ?」
 エルドの問いにザイオンは可笑しそうに笑った。呆れたような顔でエルド達を見る。
「…君達は神の器、という者を知ってるかい?」
「神…の器?何?それ…」
「主神オーディンの肉体のスペアさ。オーディンの肉体が滅んだ時、オーディンの精神は神の器に宿る。簡単に言うと、神の器は容器なんだよ。人として生きることを許されない…惨めな存在さ。人間とエルフの間に生まれた者が神の器と呼ばれる入れ物になるんだ」
「ザイオン…まさか…お前が…?」
「ああ…そうさ…僕は神の器だよ。そして…エウレカもね」
 ザイオンの顔に歪んだ笑みが浮かんだ。
「何が神の器だ!!ふざけるな!!僕は…僕達は容器じゃないんだ!!だから僕はドラゴンオーブの力を使って神を殺す!!…君達にはもう用はないよ。ここで死んでもらう」
 激しい音と共に、火柱が噴き上がった。炎はエルド達を囲み、少しずつ近づいて来る。
「もし…君達がここから無事に出られたら、神界アスガルドに来なよ。…そこにある世界樹ユグドラシルで待ってるよ」
 そう言うとザイオンは消えた。エウレカはしばらくその場に佇んでいた。炎の向こうにいるファーラントと視線があう。
「…エウレカ…君は…」
「…ごめんなさい…」
 消え入りそうな声で呟くと、エウレカは消えた。


 炎の壁は少しずつ、確実に迫ってきている。ファーラントが唱えた氷の呪文は炎に飲み込まれてしまった。このままでは全員焼け死んでしまうだろう。
「どうすれば…」
 エルドが苦しげに呟いた時、悲鳴が聞こえた。見ると、ルルーが頭を抱えて蹲っている。
「やだ…やだぁ…!!助けて!!父様や母様が死んじゃうよぉ!!」
「ルルー!?どうしたんだ!?」
 キースが屈み、ルルーの顔を覗き込む。ルルーの目からは涙が溢れ、身体は激しく震えている。キースは優しくルルーを抱き締めた。ルルーはギュッと強くキースにしがみついた。少し落ち着いたのか、ルルーの震えが収まった。
(このままじゃ皆死ぬ…。くそっ!!俺にもっと強い魔力があれば…)
 ファーラントはきつく唇を噛んだ。唇が切れ、血の味が口の中に広がる。
(私の力を使え!ファーラント!!)
 ファーラントの頭の中であの声が響いた。ドラゴンオーブの声だ。
(何でお前が俺の中にいるんだ!?)
(言ったはずだ。私はお前をいつでも見ていると。時間がないぞ。彼等を救いたければ、私の詠唱の後に続け!)
 頭の中で呪文の詠唱が響く。聞いたことのない言葉なのに、ファーラントにはその意味がわかった。一言一言口にする度に身体の内側から力が溢れてくる。これが竜の力なのだろうか。
 エルドはアリスを背中に庇い、自分達を守るように立つファーラントの背中を見ていた。魔力の弱いエルドにもわかるくらい凄まじい魔力が、ファーラントの周りで渦巻いている。ファーラントが閉じていた目を開き、両手を重ねた。
 氷のように青い光が辺りを包み込んだ。青い光が炎を飲み込み、消していく。光が消えるとエルド達を囲んでいた炎は跡形もなく消えていた。
「皆…無事か?」
 ファーラントが振り向いた。青白い顔で今にも倒れそうだ。
「ああ…大丈夫だ。オレもアリスも無事だ」
「私も怪我は無い。…だがルルーが…気を失ったようだ」
「お前…何をしたんだ!?何だ!?あの呪文は!」
「…皆が…無事で…よかっ…た…」
 ファーラントがその場に倒れた。かなり顔色が悪い。
「おい!!ファーラント!?」
 アリスが駆け寄り、回復呪文をかける。だがファーラントは目を覚まさない。
「ちっ…馬鹿が!クレルモンフェランに戻るぞ!!」
 アリスとキースが頷いた。アリスがルルーを背負い、エルドとキースがファーラントの身体を支えながら歩く。ファーラントの呼吸は弱く、いつ止まってもおかしくない。
 何が起こったのか、エルド達には考える暇がなかった。