To the world where gods live
エルド達はクレルモンフェランを発ち、精霊の森に着いた。萌えるような緑の木々が美しい森だ。だが奥へ進んで行くと、森は濃い霧で覆われていった。エルド達ははぐれないように慎重に進んで行った。木々をかきわけながら歩いて行くと、開けた場所に出た。
「ここで少し休もうよ」
ファーラントが言った。皆疲労の色が濃い。回りに魔物の気配はない。しばらくは安全だろう。
「見つからないな。狭間の洞窟なんて本当にあるのか?」
「きっと見つかるわ。あせらないで探しましょう」
「皆!ちょっと来てくれ!」
ファーラントが皆を呼んだ。木で覆われた岩の壁の前に立っている。
「どうしたんだ?」
「この壁…何かおかしいんだ…魔力のような力で包まれてる」
エルドが壁に触れようと、手を伸ばした。
「その壁に触るな!」
聞き慣れない声が響いた。茂みから一人の青年が出て来た。アリスとファーラントは驚いた。その青年は、二人がクレルモンフェランで会ったアレンだったからだ。
「誰だ!?」
エルドがアレンを睨んだ。アレンは臆することもなく、エルドに近づく。
「この壁は狭間の洞窟の入り口だ。けど、強い結界で覆われている。無闇に触れると危険だ」
「誰だと聞いているだろう?…答えろ」
エルドが弓を構えた。腰の矢筒に手を伸ばす。
「エルド!この人は…」
アリスの言葉をアレンが遮った。アリスがアレンを見る。
「…僕は…アレン・オレイカルコス。エルド…君の本当の…父親だ」
アレンの言葉を聞き、エルドの顔が驚きに満ちていった。弓を握った手が震えている。
「う…嘘だ…嘘だ!!そいつはもう死んだんだ!!オレと母上を捨てた奴はもう死んだんだ!!」
震える手で弓を構え、矢を引き絞る。エルドとアレンの間にアリスが割って入った。
「アリス!?どけよっ!!」
「違うのエルド!!アレンさんは生きていたの!!それに、誤解だわ!アレンさんは貴方とお母様を捨ててなんかいないの!!」
「うるさいっ!!生きていたのなら…オレが殺してやる!!」
「やめろよっ!話を聞けよっ!」
アリスを庇うように、ファーラントがエルドの前に立った。エルドは弓を下ろさずに、アレンを睨んでいる。
「お願いエルド!話を聞いて!!」
アリスが勢いよくエルドの肩を掴んだ。その拍子にエルドの身体が傾き、後ろの壁に触れた。その時、壁が白く光った。その光はエルド達を包み、彼等の意識を奪った。
「う……」
身体中に痛みを感じ、エルドは目を覚ました。起き上がり周りを見回すと、洞窟のような場所にいることがわかった。ここが狭間の洞窟なのだろうか。奥の方から呻き声が聞こえてきた。辺りを警戒しながら、エルドは声のした方へと向かった。
そこには白い猫耳フードのついた服を着た少女が倒れていた。ルルーだ。グッタリとしていて、頬に擦り傷がある。エルドは駆け寄り、ルルーを抱き起こした。
「おい、ルルー。しっかりしろ」
「う…ん…」
うっすらとルルーが目を開けた。目をこすり、周りを見る。
「エルド…?あれ?ここはどこなの?ボク達、精霊の森にいたのに…」
エルドが何か言おうとしたその時、二人の背後で物音がした。エルドは素早く振り返ると、弓を構えた。見ると、マッキースが歩いて来た。傷だらけで、特に右腕に酷い裂傷を負っている。
「キース!!どうしたの!?」
ルルーが急いでマッキースに駆け寄った。エルドもその後に続く。二人の無事な姿を見て安心したのか、マッキースは倒れるように座りこんだ。
「酷い怪我だ…大丈夫か?」
「ああ…。皆を捜す途中で魔物に不意をつかれてな…。しかし…ここはどこなんだ?アリスとファーラント…それに、アレンとかいう奴は?」
「ここは多分、狭間の洞窟だと思う。アリス達とはぐれたようだ」
マッキースが立ち上がった。ルルーの呪文で傷は塞がっている。
「アリス達を捜しに行こう。私が通って来た道には誰もいなかった」
「なら…こっちの道か…」
エルド達三人は、ルルーが倒れていた方へ歩いて行った。洞窟は暗く、いつ魔物に襲われるかわからない。三人は警戒しながら、奥へと進んだ。途中ルルーが、エルドに話しかけた。
「ねえ、エルド。アレンさんって…エルドのお父さんなんでしょ?」
「…知るか、そんなこと」
「…死んだと思ってたお父さんが生きていたなんてボク、羨ましいよ。ボク…父様や母様が生きていてくれたらって何度も思ったんだ。アリスやキースもそう思ったのかもしれない…」
「何が言いたいんだ?」
「この世にたった一つしかない血の繋がったお父さんを…憎まないで。そんなの…悲しすぎるよ。たくさん話そうよ。そしたらきっと、わかりあえるよ」
「うるさいな!オレは…アイツを許さない。アイツは…病で苦しんでた母上を捨てたんだ!」
冷たく言い放つと、エルドは歩を速めた。その後ろでルルーが悲しそうに俯いた。泣きそうになり、慌てて服の袖で涙を拭く。隣を歩いていたマッキースが、ルルーの肩を優しく叩いた。
エルドの心は、激しく揺れていた。気持ちの整理がうまくできない。この世でたった一つしかない血の繋がったお父さん。
ルルーの言葉が強く心の中に残っていた。
アリスは一人、洞窟を歩いていた。暗い洞窟の中、自分が先に進んでいるのかそれとも来た道を戻っているのかどうかわからない。しばらく歩くと、前方から微かな光が射しこんできた。その光を目指して歩いて行くと、開けた場所に出た。
そこにはアリスがよく知る人物がいた。白と黒の服に、茶色の癖っ毛の髪。ファーラントはアリスに背を向けて立っている。アリスはファーラントの側へ駆け寄った。
「ファーラント!よかった…無事だったのね?」
アリスの問いかけにファーラントは答えようとしない。アリスの顔が不安げに曇った。
「ファーラント?どうしたの?どこか怪我でもしたの…?」
ファーラントがゆっくりと振り向いた。緑色の目は虚ろで、人形のようだ。
「ファー…ラント…?」
彼のいつもとは違う様子にアリスは怯えて後ろに下がった。ファーラントがアリスの腕を掴み、アリスを引き寄せ強く抱き締めた。
「きゃっ!!ファーラント!?何するの!?」
「…そう身構えるな。人間よ」
ファーラントが口を開いた。声はファーラントの声だが、口調がいつもと違う。
「お前は気づいていないようだが、この少年はお前を好いている」
「えっ……?」
「だがお前はあの王子を好いている。この者は王子とお前への想いの狭間で苦しんでいるようだな」
「嘘…ファーラントが…私を…?」
突然ファーラントがアリスを放し、苦しそうに頭を抱えた。彼の目に光が戻った。
「勝手に…俺を支配するなっ…!ドラゴン…オーブっ…!ううっ…」
ファーラントがその場に蹲った。アリスが近づこうとした時、アリスの背後から火球が飛んできた。火球はファーラントから少し離れた所に着弾した。爆発音とともに、煙が二人を飲み込んだ。アリスは誰かに腕を掴まれ、引き寄せられた。
「アレンさん!?」
「彼に近づかない方がいい。彼は…ファーラントじゃない。何かに身体を支配されている」
「支配…?」
煙が晴れ、ファーラントが立ち上がった。目は再び、虚ろになっている。
「やはり…生身の肉体はよいな。この身体は若く、力強い」
冷たく、何の感情もこもっていない声でファーラントが言った。いつもの元気で快活な彼の姿は見られない。
「貴方…誰なの!?ファーラントじゃないわ!!」
「…人間よ、よく聞くがいい。我が名はドラゴンオーブ。ミッドガルドを守護する四宝の一つだ」
ファーラントの言葉にアリスとアレンは衝撃を受けた。
「何で…?ドラゴンオーブはザイオンに奪われたのに…」
「我はこの少年…ファーラントと契約を交わしたのだ」
「契約…?どういうこと?」
「この少年はお前達を守る力を欲し、我と契約したのだ。お前達も覚えているだろう?あの炎の壁を消し去った呪文を。あれは失伝魔法の一つだ。人間は使うことができない、失われた呪文だ」
「…それが、契約の証しというわけか…だが、契約には代償があるはずだ。ファーラントに何を要求した?」
アレンの問いかけにファーラントは、何も言わなかった。アリスが一歩前に歩み出た。
「ファーラントを返して。彼は私達の大切な仲間なの!」
ファーラントがアリスに近づいた。アリスを守ろうと、アレンが身構える。
「動くな。不死者の青年よ。この娘を殺すぞ」
「……くっ」
ファーラントがアリスに向けて、手を翳した。その時、複数の足音がアリス達の背後から聞こえてきた。
「アリス!ファーラント!」
エルド達だ。三人の無事な姿を見て、アリスは安心した。エルドの姿を見て、ドラゴンオーブの中にいるファーラントが動揺したのか、彼の動きが一瞬止まった。その隙をつき、アレンはアリスの腕を掴み、素早く後ろに下がった。
「アリスから離れろ!…一体何があったんだ?ファーラントは何をしているんだ?」
エルドがアレンからアリスを引き離した。いつもとは違う様子のファーラントを怪訝そうに見る。
「アイツはどうしたんだ?いつもと様子が違うぞ」
アリスがエルドの腕を掴んだ。エルドは驚き、アリスを見た。アリスは今にも泣きそうだ。
「エルド…今のファーラントは彼じゃないの!彼を助けないと!」
「何を言って……」
「ファーラントは精神と身体を支配されている。詳しい説明は後だ」
エルドの肩をアレンが掴んだ。エルドは不快そうな表情でアレンを睨み、その手を払いのけた。
「しかし…どうやって彼を助けるんだ?ファーラントを傷つける事などできない…」
「そうだよ!支配されてても、ファーラントの身体だよ?攻撃なんかできないよ!」
「…僕が彼を支配している者の精神を封印する。君達は時間を稼いでくれ」
アレンが静かに言った。エルドを除く全員が頷き、武器を構えた。
「エルド…お願い…。アレンさんを信じて…」
「オレは…お前を信用したわけじゃないからな。今はファーラントを助けることが先だ」
洞窟にファーラントの笑い声が響いた。ファーラントの周りで風が渦巻いていく。
「人の子が我に戦いを挑むというのか?人間の世界を守っている四宝たる、この我に?」
怒りを滲ませた口調でファーラントが言った。彼の周りで渦巻く風が、次第に強くなっていく。
「…面白い。来るがいい、人間よ!!そして後悔するがいい!!」
「来るぞ!気をつけろ!」
エルドが矢を放つと同時に、マッキースが走り出した。渦巻く風が矢をそらし、斬りかかったマッキースを吹き飛ばした。
地面に倒れたマッキースを狙い、鋭い風の刃が襲いかかった。マッキースは素早く起きあがると、襲いくる風の刃を避けていく。ファーラントは標的を変え、後ろにいるアリス達に狙いを定めた。彼の足下に、複雑なスペルが刻まれた魔方陣が現れ、赤く輝いた。轟音が響き、火柱がアリスに襲いかかった。
「アリス!」
エルドが叫んだ。走り出すが、間に合わない。死を覚悟したアリスの前に、マッキースが庇うように立った。剣を鞘に収め、目を閉じる。
『我が体内に宿りし、蒼き母なる水の力よ。蒼穹の煌めきを今此処に!!』
マッキースが、左胸に手を当てた。青い光が煌めく。アリスの目が丸くなった。マッキースの手が泥の中に手を入れるように、ずぶずぶと彼の身体の中に入っていく。手首が完全に埋まったところで、マッキースは手を引き抜いた。
マッキースの手の中で、青い光が剣の形になっていく。マッキースは、勢いよく迫ってくる火柱を切り裂くように、剣を振るった。剣の先から現れた水が刃となり、火柱を切り裂いた。火柱は水蒸気となり、跡形もなく消え去った。
エルド達は呆然とその光景を見ていた。構えた剣を下ろし、マッキースは振り返った。
「アリス、怪我は?大丈夫か?」
「え、ええ…平気…。マッキース…その剣は…?」
アリスが剣を指差した。剣は青い光に戻り、マッキースの身体の中に消えていった。何気なくエルドを見たルルーの顔色が変わった。
「エルド!!後ろ!!」
エルドが振り向くと、ファーラントの放った雷が、襲いかかってきた。エルドは雷を避けようとするが、間に合わない。その時、いつ来たのか、アレンが素早くエルドの前に躍り出た。エルドを地面に押し倒す。雷は頭上を飛んで行き壁を砕いた。
マッキースが素早く駆け寄り、剣を抜いた。ファーラントの懐に入り、剣の柄で彼の腹を殴った。ファーラントは苦痛に顔を歪め、地面に膝をついた。ゆっくりと、アレンが近づく。
「僕達の勝ちだ、ドラゴンオーブ」
アレンは印を結び、ファーラントの額に指を置いた。現れた光が文字となり、ファーラントを包み込んだ。文字が消えると、ファーラントは呻き声を上げ、蹲った。
エルドがファーラントに近づいた。そしていきなりファーラントを地面に押し倒すと、馬乗りになった。手を伸ばし、彼の服の胸元を強く掴む。
「ファーラントの中から出て行け…こいつはお前の玩具じゃないんだ!!」
「…我を封じるとはな…ならば人の子よ…我は傍観させてもらおう…。お前達がどこまで…運命に…抗えるかを…」
アレンの封印術が効いたのか、ファーラントは目を閉じた。すぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
「これで大丈夫なんだろうな?」
「…しばらくは大丈夫だろう。後は彼の精神力しだいだ」
エルドはファーラントを見下ろすと、安心したように息を吐いた。
「ありがとうございます、アレンさん。…大変!怪我をしているわ!」
アレンに礼を言ったアリスの顔色が変わった。アレンの右肩に、酷い火傷ができていた。エルドを助けた時に怪我をしたのだろう。
「ああ…本当だ。だが、このくらい何ともない。すぐに治る」
涼しい顔でアレンが言った。痛みをまったく感じていない、そんな表情をしている。
「そんな…今すぐ治療しないと!」
アリスが回復呪文を唱えようと、アレンの肩に触れた。だが、アレンは首を横に振り、優しくアリスの手をのけた。エルド達は、息を呑んだ。あれほど酷かったアレンの傷が、綺麗に塞がっている。
「言っただろう?…僕は不死者なんだ。どんなに酷い傷を負っても、すぐに治る」
「不死者…だと?どういうことだ?お前は…人間じゃないのか?」
驚いた顔でエルドが言った。事情を説明しようとしたアリスを、アレンが止めた。
「頼む、僕の口から説明させてくれ…」
アリスが頷いた。アレンから全てを聞いたエルドは、何も言わずにしばらく黙っていた。しばらくするとエルドは、口を開いた。複雑な表情で言葉を紡ぐ。
「そんな事を言われても…オレはどうしたらいいのかわからない。お前を許すことはまだできない…」
顔を伏せ、俯くエルドの前に、マッキースが立った。
「エルド…少し、私の話を聞いてくれないか?皆も…聞いて欲しい」
全員がマッキースを見た。マッキースは息を吐くと、話し始めた。
「十年前、私は一度死んだ」
マッキースの言葉に、全員が言葉を失った。マッキースは再び、あの青く輝く剣を出した。その剣の刀身は、銀色の素材でできていた。刃には、優美な形のトルコ石が嵌め込まれていて、柄には、繊細な細工が施されている。時折、柄から刃に向かって青い光が、さざ波のように光っている。
「この剣は宝剣フェル・マノッセ。アスカロン一族に代々継承される水を操ることができる剣だ。私は父の命と引き換えに、この剣を受け継いだ。ロゼッタの襲撃にあい、命を落とした私を助ける為に父は、自分の中に封印していたこの剣を私に授けたんだ」
「でも…剣を渡しただけなんでしょ?どうして…」
「フェル・マノッセは水を操る力を与える代わりに、継承者の心臓に絡みつく。フェル・マノッセを手放すということは、自らの死を意味することになる」
「そんなことが…マッキース…ごめんなさい…私のせいで貴方のお父様は…」
アリスは震えながら、泣いていた。マッキースはアリスに近づくと、優しく肩を叩いた。
「エルド。ルルーも言っていただろう?この世に一人しかいない、血の繋がった父親を大切にしてほしいと。アレンさんを信じてほしい。私が君を信じたように……」
アリス、ルルー、マッキースの家族はもういない。三人は家族のいるエルドとファーラントを、羨ましく思っているのだろうか。エルドの心の中は、葛藤していた。アレンを憎悪する気持ちと、許したい気持ちが激しく、ぶつかっている。何故アリスとマッキースはオレを許したのだろう。
二人の家族を奪ったのは、自分の祖国なのに。
「うう…」
ファーラントが目を覚ました。目を擦り起き上がろうとするが、身体に力が入らず、地面に座り込んだ。エルドとアリスが駆け寄り、助け起こす。
「…俺…皆に迷惑をかけたみたいだな…ごめん…」
「覚えているのか?」
エルドの問いかけに、ファーラントは頷いた。
「ああ。ぼんやりとしか覚えてないけど…。アイツが俺の身体を支配したんだよな?」
「そうだ。ドラゴンオーブは今どうしてる?」
ファーラントは目を閉じ、精神を集中した。目を開けると、彼は安心した顔で頷いた。
「大丈夫。アイツは眠ってる」
突如、エルドがファーラントを殴った。あまりにも突然の出来事に、その場に居る全員が硬直した。再び地面に倒れこんだファーラントにエルドが掴みかかる。普段感情を表に出さないエルドの顔は、激しく憤っていた。
「エ…エルド?」殴れらた頬を押さえたファーラントが呆然と呟いた。
「この馬鹿野郎!!何でオレに言わなかった!?奉竜殿で契約したんだってな!何で言わなかった!!何でっ…」
エルドを見上げるファーラントの頬に、数滴の涙が落ちてきた。彼は歯を食いしばり、泣いていた。
「…ごめん。俺、皆を守る力が欲しかったんだ。だから…アイツと契約した」
「火山洞窟や森林遺跡で声が聞こえたのは、その所為なのか?」
マッキースの問いにファーラントは頷いた。横目でエルドの様子を窺う。エルドはじっと彼を見つめていた。
「うん。クレルモンフェランで聞いた神託があっただろ?あれは、俺の事を指してたんだ。新緑の瞳。白き手。ほら、俺の事じゃん?」
エルドは一歩、近付いた。背の高い幼馴染みを見上げる。いつもと同じ微笑みを浮かべた彼がそこに居た。
「…もう、倒れるんじゃねぇぞ。お前は…大切な親友なんだからな」
「ああ。最後まで戦えるよ、親友」
二人は互いの拳を突き合わせ笑いあった。エルドは気付いていなかったが、ファーラントは嘘をついた。皆に代償の事は言わなかった。それを知っているのは自分だけだ。
「さあ!アスガルドに急ごう!ザイオンを止めないと」
ファーラントは元気よく笑った。いつものファーラントの快活な笑みだ。
「アスガルドに来てはいけません」
背後から聞こえて来た声に、エルド達は驚いて振り向いた。そこには、赤い髪の少女が佇んでいた。ザイオンと同じ神の器の少女。エウレカだ。
「エウレカ…」
沈痛な表情で、ファーラントが静かに呟いた。エウレカは彼と目を合わせないように、悲しげに目を伏せた。エルドが弓を構え、矢を引き絞る。
「来るな、だと?馬鹿を言うな。ザイオンを止めないと、この世界全てが滅びるんだぞ?」
「…世界を救う代わりに、アリスさんが死ぬと言ってもですか?」
「!?」
エウレカの言葉に全員が言葉を失った。
「なっ…何を言っているんだ?アリスが…死ぬだと?」
エルドの弓を握る手が震えた。エウレカは表情を変えずに、話しを続ける。
「クレルモンフェランで聞いた神託を覚えていますか?世界は純白の魂と引き換えに救われる。アリスさん、貴女は世界樹の魔力のカケラを宿しているんです。世界樹は、自らが危機に瀕した時、魔力を切り離して地上に落とす。そのカケラを宿して生まれたのがアリスさん、貴女なんです。世界樹は魔力の片割れを取り戻そうとしています。今世界樹に行くと、貴女は魂を捧げなくてはならないのです」
エウレカは杖を取り出すと、地面に魔方陣を描いた。描かれた魔方陣が青く光る。
「…では、私は失礼します」
「待ってくれ!エウレカ!!」
ファーラントが叫んだ。エウレカはファーラントを見たが、すぐに顔をそらした。光が消えると同時に、彼女の姿は消えていた。
「エルド……」
アリスがそっと、エルドの震える腕に触れた。エルドが顔を上げた。エルドの顔は青ざめ、白蝋のようだ。
「…本当なのか?世界を救えば、お前は死んでしまうのか!?」
激しい口調で、エルドが問いかけた。アリスは否定せず、ただ頷いた。
「…ええ。エウレカの言ったことは本当だと思うの。アルヴィトという名前は、純白という意味でもあるの。それにお母様が言っていたわ。私が生まれる直前に、緑に輝く光がお母様の身体の中に入って行ったって。その光が、世界樹の魔力のカケラだったんだわ」
「ふざけるなよ!!じゃあ、オレ達はお前を生贄にするためにここまで来たっていうのか!?」
エルドが拳をきつく握り締めた。拳に爪が食い込み、血が伝う。アリスはハンカチを取り出すと、優しくエルドの手を拭いた。
「…アリス、もしもオレが世界樹に行くと言ったら、お前はオレを恨むか?」
アリスは微笑むと、エルドの手を包み込むように握った。
「いいえ、恨まないわ。だって、私も世界樹に行きたいもの」
「お前の魂を捧げずに、世界を救えるかもしれない。少しでも、その可能性に賭けてみたいんだ」
「うん…」
見つめ合う二人の肩を、ファーラントが掴んだ。
「何二人だけの世界を作ってんだよ!俺達もいるんだぜ?」
「そうだよ!もしかしてボク達、お邪魔虫!?」
ルルーが頬を膨らませて抗議した。ルルーの隣では、マッキースが少し怒った顔でエルドとアリスを見ている。だが、その目は、穏やかな光を湛えている。
「ここまで来たんだ。私達も、最後までつきあわせてもらう」
少し離れた所に立っていたアレンが、何かを決意したように息を吐くと、エルドに歩み寄った。
「エルド。僕は、君に許してもらおうなどとは思っていない。憎いのなら、憎み続けてくれてもいい。だから、もう少し、君の側にいて君を見守ることを許してくれ。それが僕にできる、犯した罪の償いだ」
「…オレは、アンタを憎むことも、許すこともできない…それでもいいのなら…ついて来いよ」
エルドはアレンに背を向けると、穏やかな口調で、静かに言った。アレンは俯くと、ありがとう、と呟いた。
「光が差し込んでる…出口が近いんだな?」
エルド達は、光の差し込む方へ歩いた。しばらく歩くと、洞窟の壁が大きく口を開けていた。どうやら、出口に着いたようだ。
「うわぁ……」
ルルーが驚きの声を上げた。そこには、七色に輝く虹の橋があった。橋の下には、精霊の森の緑の木々が広がっている。アレンが近づき、安全かどうか確める為に橋に触れた。
「この橋は…ビフレストか…橋を渡れば、アスガルドだ」
エルド達は慎重に橋を渡った。足を踏み外せば、確実に死ぬだろう。高い所が怖いのか、アリスがエルドの手を握った。エルドと目が合うと、アリスは恥ずかしそうに微笑んだ。歩く内に、反対側の景色が見えて来た。エルド達は、神界に足を踏み入れた。
エルド達は、神界の美しい風景に目を奪われた。若草色の草原に、ほんのりと桃色を帯びた白い花が、咲き乱れている。遠くには、神々の住む宮殿が見える。その時、アリスがよろめいた。倒れそうになったアリスをエルドが支えた。
「アリス?どうしたんだ?」
「大丈夫…。軽い眩暈がしただけだから…」
アリスを支えているエルドの手に、彼女の身体の震えが伝わってきた。世界樹が魔力のカケラを取り戻そうとしている。エウレカの言葉が頭をよぎり、エルドの表情が強張った。
「エルド、私は大丈夫だから」
不安に押し潰されそうなエルドの顔を見て、アリスは彼を安心させるように微笑んだ。いつの間にか、沈みかけた太陽に照らされ、アリスの金色の髪は、火のように赤く輝いていた。
「…わかった…アリス、お前を信じるよ」
「うん…ありがとう…」
「エルド。皆疲れてるし、ここでちょっと休まないか?」
ファーラントが皆を見て、言った。あまり休まずにここまで来たせいか、皆、疲れの色が濃い。
「そう…だな。少し休もう」
エルド達は、ザイオンとの戦いに備えて、休憩することにした。
濃い藍色が空を覆い、静寂が神界を支配していた。エルドは一人で空を見上げていた。背後に人の気配を感じ、振り返る。
「不思議だね。神界にも夜が来るんだ」
アリスはゆっくりと歩いて来て、エルドの横に立った。
「あの月を見ていると、オレ達が初めて出会った時を思い出すな」
エルドの言葉を聞き、アリスも空を見上げた。銀色に輝く満月が、浮かんでいる。
「アリス」
エルドが、隣に立っているアリスを見つめた。エルドに見つめられ、アリスの胸が高鳴る。
「なっ…何?」
「オレと一緒に…どこか遠くへ逃げないか?」
突然のエルドの言葉に、アリスは一瞬戸惑った。アリスは、エルドが冗談を言っているのかと思ったが、エルドの表情は真剣だ。
「エルド…?何を言っているの?私達じゃないと、この世界を救えないのよ?」
「こんな世界…どうなってもいい、神も、人間も…知ったことか…。オレは、お前さえいれば…それでいい…」
紫の瞳に悲しみの光を湛えて、エルドが消え入りそうな声で言った。アリスはエルドに近づくと、彼の細く、柔らかい髪に触れた。
「…そんなことを言っては駄目よ。私達は何のためにここまで来たの?世界が無くなったら…皆死んじゃうのよ?」
幼い子供をあやすように、アリスが優しく言った。
「…オレ達は、出会わなかったほうが良かったのかもしれない。そうなっていれば、お前は世界樹に魂を捧げずにすんだし、ファーラントもドラゴンオーブに支配されずにすんだ…」
エルドが言葉を続けようとした時、アリスがエルドの唇に自分の唇を重ねた。アリスの唇は柔らかく、温かった。長いようで短い時間が流れ、アリスは唇を離した。
「私は、貴方と…皆と出会えたことに感謝してる。私はこの世界を救いたい。愛する皆がいる、この世界を」
アリスが、穏やかな表情で微笑んだ。清廉なその微笑みに、心の中の迷いや不安が消えていくのをエルドは感じ取った。
エルドがアリスを優しく抱き締めた。アリスもエルドの背中に腕を回し、身を委ねた。
(このまま……二人でいたい……)
エルドは心の中で呟いた。叫びたくなるのを必死で堪える。
(世界が終るまで、ずっと……)
二つの影は寄り添い、一つになった。その二つの影を月が優しく照らしていた。
ファーラントは木の陰から二人の様子を眺めていた。二人が喧嘩をすると思い、こっそりと後をつけて来たのだった。どうやら、その考えは杞憂だったようだ。複雑な思いが胸中をよぎり、ファーラントは溜息をついた。
「覗き見はよくないぞ、ファーラント」
ファーラントは驚き、後ろを振り返った。そこには穏やかに微笑んだマッキースが立っていた。
「固い事言わないでくれよ。皆は?」
「ルルーはもう寝た。アレンさんは辺りの様子を見に行っている」
「そう…か。なあ、この旅が終わったら…マッキースはどうするんだ?」
ファーラントの質問に、マッキースは遠くを見るような目で空を見上げた。今は亡き家族の事を思っているのだろうか。ファーラントにはそんな風に見えた。
「……私はまた旅に出ようと思っている。いずれは一族を再興させたい」
「旅って…一人で行くのか?」
マッキースは首を振った。空から視線を外し、目にかかる前髪を払いのける。
「ルルーと一緒だ」
「ルルーと?へぇ…」
「私は断ったんだが…彼女がどうしても一緒に行きたいと言ってきたのでな…」
「でもさ、一人より二人の方が楽しいよ」
「そうだな。さあ、もう休もう」
「うん」
ファーラントは後ろをちらりと見た。そこにはエルドとアリスの姿がまだあった。
やっと二人はお互いの気持ちを確かめ合った。
だが、運命の輪は二人の想いを押し潰し、急速に回り始めようとしていた。